18 最初の出会い
18 最初の出会い
エリザベスは覚えていなかったが、二人が初めて会ったのは、彼女がまだ幼い頃だった。
その日、エリザベスは母親に連れられ、宰相を務める公爵家の令息の誕生会へ出席していた。
当時のスミスは宰相補佐を務めており、将来を期待される若い文官だった。
有力な令嬢たちから数多くの縁談を持ち込まれていたが、本人には結婚する気配がなく、社交界では独身最後の大物などと呼ばれていた。
その独身最後の大物は、上司である宰相から頼まれ、子どもたちの面倒を見る役目を手伝っていた。
「スミス。立って見ているだけでは駄目だ。子どもたちが庭へ出ないように見ていてくれ」
「宰相補佐の仕事に、子守まで含まれているとは知りませんでした」
「今日から含まれることになった」
「横暴ですね」
「私の息子の誕生会だからな。諦めろ」
仕方なく子どもたちを見守っていたスミスは、部屋の隅に一人で立つ銀髪の少女に気づいた。
その横顔が、幼い頃に亡くした妹に似ていた。
スミスは思わず、その名を呼んでいた。
「ベス」
少女が驚いたように振り返った。
「うん? どうして私がベスって知っているの?」
スミスは自分でも驚いた。
少女の名前など、聞いた覚えはなかった。亡くした妹を呼ぶつもりで口にした愛称が、偶然にも彼女の愛称と同じだったのだ。
「どうしてかな。なんとなく、ここにベスがいると思ったんだ」
「すごいね。お兄様は、なんでも知っているの?」
幼いエリザベスは、尊敬するような目でスミスを見上げた。
その素直な眼差しに、スミスは笑った。
「そうだね。ベスがお菓子を食べたいことも知っているよ」
「どうして分かったの?」
「顔に書いてある」
「どこ?」
エリザベスは慌てて頬や額を触った。
「文字がついているの?」
「私にしか読めない文字なんだ」
「お兄様は、字もたくさん読めるのね」
「ああ。文官だからね」
スミスが手を差し出すと、エリザベスは小さな手を重ねた。
「では、お菓子を選びにいこうか」
「食べてもいいの?」
「もちろんだ。ただし、食べすぎて夕食が入らなくなると、お母様が困るからね」
「はい」
スミスはエリザベスの手を取り、菓子の並ぶテーブルへ連れていった。
エリザベスはしばらく迷った末に、花の形をした小さな焼き菓子を選んだ。
「これにします」
「一つでいいのか?」
「はい。お母様が、一つだけとおっしゃったから」
もっと食べたそうな顔をしていたが、エリザベスは母親との約束を守った。
その姿を見て、スミスは自分の皿へ別の菓子をいくつか載せた。
「これは私の分だ。もし食べきれなければ、ベスに手伝ってもらおう」
「仕方がないですね。でもお手伝いします」
幼いエリザベスは、少し大人びた口調で答えた。
しかし、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
誕生会のあとも、スミスはときどきベスのことを思い出した。
あの小さな少女は、今頃どれくらい背が伸びただろう。
どのような本を読み、何を学んでいるのだろう。
母親との約束を守り、菓子を一つだけ選んだ少女は、きっと真面目な娘に育っているだろう。
そんなことを、何かの折にふと思い出した。
年月が過ぎ、王城で文官試験が行われた。
試験会場を訪れたスミスは、受験者のなかに見覚えのある銀髪の女性を見つけた。
幼い頃の面影が残っていた。
名前を確かめ、あのときのベスだと分かったときには驚いた。
そのエリザベスが文官試験に首席で合格したと知ったときには、さらに驚いた。
「首席は、エリザベス・ボトムズか」
「はい。筆記試験は、歴代でもかなり上位の成績です」
「そうか」
部下から報告を受けたスミスは、表情を引き締めたまま書類を受け取った。
しかし、その日の彼は、一日中機嫌がよかった。
やがてエリザベスが部下となり、毎朝、彼女が淹れたお茶を飲むことが日課になった。
エリザベスは仕事ができた。
控えめだが芯が強く、誰に対しても誠実だった。
苦労をしても、それを理由に他人へつらく当たることはなかった。
幼い日の少女に感じた慈しみは、共に働く年月のなかで、少しずつ形を変えていった。
彼女を守りたい。
彼女に笑っていてほしい。
その隣にいるのが自分であればいい。
しかし、年齢の差もあり、直属の上司でもあったスミスは、その願いを口にできなかった。
エリザベスの幸せを願い、甥のフレッドを紹介した。
フレッドなら、彼女を大切にしてくれると確信があった。
ところが、フレッドとエリザベスは友人のままだった。
あれほど魅力的な女性を前にして、何故恋に落ちないのか。
スミスには理解できなかった。
(本当に見る目のない男だ)
腹を立てながらも、安堵している自分がいた。
そして今、エリザベスは自分の腕のなかにいる。
だが、終わりよければすべて良しという言葉で、この先を締めくくるためには、まだ少しばかり片づけなければならないことが残っている。
エリザベスを妻に迎える以上、彼女を守るのは自分の役目だ。
彼女の家族が再び近づいてきても、指一本触れさせるつもりはない。
エリザベスを傷つけた者たちには、彼女がもはや一人ではないことを、よく理解してもらう必要がある。
スミスは、愛しい女性を抱き締めながら、静かに決意した。
エリザベスを手に入れたスミスは、久しぶりに部長ではなく、スミス侯爵として活動することを決めた。
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