17 部長のプロポーズと結婚
17 部長のプロポーズと結婚
スミス部長とエリザベスは、ときどき夕食を共にするようになった。
仕事を終えたあと、二人でレストランへ行った。王城から少し離れた静かな店で、その日にあった出来事を話しながら、ゆっくり食事を楽しんだ。
二人で過ごす時間は穏やかだった。
実の父親から得られなかった、無条件に守られているという安心感が、そこにはあった。
同時に、スミス部長が向けてくるものは、父親が娘へ向けるような愛情だけではなかった。
レストランでほかの男性がエリザベスを見ていると、スミス部長は相手を睨みつけた。
エリザベスがほかの男性を褒めたときなどは、露骨に機嫌が悪くなる。
「今日、資料室の方に助けていただいたのです。とても親切な方でした」
「そうか」
「重い資料を、執務室まで運んでくださいました」
「そうか」
声に不機嫌さが滲んでいた。
守りたいという慈しみ。
一人の女性として求める愛情。
ほかの誰にも渡したくないという独占欲。
そのすべてが、スミス部長のなかにあった。
エリザベスは、彼の好意に気づいていった。
そしてその愛情をもらってもいいのではないかと思った。
スミス部長といると、安心できた。
自分を幸せにしようとしてくれる人と、一緒に生きてもよいのではないか。
いつしかエリザベスは、そう思うようになっていた。
けれど、スミス部長はなかなか肝心なことを言わなかった。
好意は隠しきれていない。嫉妬もする。夕食にも誘う。それなのに、結婚については一言も口にしない。
エリザベスは待っていた。
スミス部長が、自分の気持ちを言葉にしてくれる日を。
それは、穏やかに晴れた午後のことだった。
仕事が休みだったエリザベスは、庭に出て花壇の手入れをしていた。
春先に植えた花はすっかり根づき、色とりどりの花を咲かせている。
エリザベスが枯れた花を摘んでいると、門のほうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ベス!」
顔を上げると、スミス部長が立っていた。
いつも整えている髪は少し乱れ、額には汗が浮かんでいる。
「部長? どうなさったのですか?」
「話がある」
スミス部長は息を整えようとしたが、よほど急いできたのか、呼吸が乱れていた。
「ひとまず中へ入りませんか? お茶を――」
「いや、今言う。中へ入ったら、また言えなくなりそうだ」
エリザベスは手にしていた鋏を籠へ置き、立ち上がった。
スミス部長はエリザベスの前まで歩み寄った。
普段なら、部下たちがどれほど動揺していても落ち着かせる側の人間である。それなのに今は、自分の手をどこへ置けばよいのかさえ分からない様子だった。
「ベス。私は、フレッドなら君を幸せにしてくれると思って、彼を紹介した」
「はい」
「仕事もできる。性格も悪くない。何より、君と年齢が近い。私より、ずっと君にふさわしいと思ったんだ」
そこでスミス部長は言葉を切った。
「初めて二人を引き合わせたとき、君たちはすぐに意気投合した。君が楽しそうに笑うのを見て、紹介してよかったと思った」
エリザベスは黙って耳を傾けた。
「だが、同時に苦しかった」
スミス部長は、ようやく正面からエリザベスを見た。
「本当は、君がほかの男と親しくなるところなど、見たくなかった。それでも、二人が幸せになるなら、それが一番だと自分に言い聞かせた」
部長は大きく息を吐いた。
「だから出張はちょうどよかった。帰ったら、すべて整っていると思ったのだ」
スミス部長は苦い顔になった。
「祝いの言葉も考えて帰ってきた。それなのに、友だちのままだと言うじゃないか」
「はい。フレッドとは、気の合う友人でした」
「ふざけるなと思った」
「部長がフレッドにですか?」
「そうだ。君のような女性を前にして、友だちのままとはどういうことだ。見る目がないにもほどがある」
真剣な顔で言われ、エリザベスは思わず笑った。
スミス部長は気まずそう顔をして続けた。
「ひどい男だと思う。君の幸せを願っておきながら、フレッドと何もなかったと知って、心の底から安心したんだ」
「ひどいとは思いません」
「まだある」
彼は大きく息を吸った。
「私は考えた。フレッドが立候補しないのなら、私が立候補してもいいのではないかと」
「立候補、ですか?」
「君の結婚相手にだ」
スミス部長は言い切ったあと、耳まで赤くなった。
エリザベスは笑わずに待った。
ここで助け舟を出してはいけない。彼の口から最後まで聞きたかった。
「ベス。私は君よりずっと年上だ。上司でもある。その立場を利用している」
スミス部長は言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「だが、君は君だ。私の部下であり、尊敬する文官であり、私が一人の女性として愛している人だ」
その言葉に、エリザベスの胸が熱くなった。
「私は、君を守りたい。君が困っているなら力になりたい。うれしいことがあれば、一番に教えてほしい。君が誰かに笑いかければ嫉妬するし、できることなら、その笑顔を独り占めしたい」
スミス部長は、緊張に震える手を握りしめた。
「ベス。私は、初めて会った日から――」
「部長」
エリザベスが呼びかけると、スミス部長は息を止めた。
その顔があまりにも不安そうだったため、エリザベスは微笑んだ。
「やっと言ってくださったのですね」
その言葉は、想像していた以上に効果があった。
「……やっと?」
「はい。私は、ずっと待っていました」
「待っていた?」
「部長が、ご自分の気持ちを話してくださるのを」
エリザベスは一歩近づいた。
「私は、部長と一緒にいると安心します。父から与えてもらえなかった愛情を、あなたから感じました。けれど、それだけではありません」
今度はエリザベスが、自分の気持ちを伝える番だった。
「一人の男性として、あなたをお慕いしています。あなたの深くて大きな愛情に、身を任せたいと思っています。ですから――」
続きは言えなかった。
スミス部長がエリザベスを抱き締めたからだ。
あまりにも勢いよく抱き締められ、エリザベスの体が僅かに揺れた。
「ベス……」
肩口から、かすれた声が聞こえた。
やがて、スミス部長の大きな体が震え始めた。
泣いているのだと気づき、エリザベスは驚いた。しかし、押し返そうとは思わなかった。
自分よりずっと大きな彼の体を抱き締め、子どもをあやすように、背中を優しく撫でた。
エリザベスは微笑んだ。
「ところで部長、先ほどの言葉には、肝心なところが抜けております」
スミス部長がゆっくりと顔を上げた。
目元が赤くなっていたが、エリザベスは気づかないふりをした。
「肝心なところ?」
「はい。私の結婚相手に立候補なさるのでしょう?」
「ああ」
「でしたら、正式に申し込んでくださいませんか?」
スミス部長は目を見開いた。
それから慌ててエリザベスの肩へ手を置き、姿勢を正した。
「エリザベス・ボトムズ」
普段より僅かに震えた声で、彼はエリザベスの名を呼んだ。
「私と結婚してほしい。君を尊重し、生涯大切にすると誓う。これから先の人生を、私と共に歩んでくれないだろうか」
「はい。喜んで」
エリザベスが答えると、スミス部長は再び彼女を抱き締めた。
今度は先ほどよりも優しく、それでも二度と手放すまいとするように、しっかりと腕のなかへ包み込んだ。
エリザベスは、最高の結婚相手を手に入れた。




