16 出会い
16 出会い
明るい茶色の髪をきちんと整えた、人当たりのよさそうな男性だった。どこで会ったのか、すぐには思い出せなかったが、学院時代の知り合いであることには気づいた。
青年は緊張した様子で、ナタリーを見つめていた。
「確か、バージル・テイラーさん?」
ナタリーが名前を口にすると、青年の顔が明るくなった。
「私を覚えていてくださったのですか?」
「もちろんです。学院で、同じ講義を受けたことがありましたよね」
「はい。ですが、お話ししたのは数回だけでしたから、忘れられていると思っていました」
バージルはテイラー子爵家の三男だった。
家を継ぐ立場ではなく、学院を卒業してからは家業を手伝っているはずだ。
「卒業なさってから、お会いしていませんでしたね」
ナタリーが言うと、バージルはうれしそうにうなずいた。
「はい。ですが、学院にいた頃から、ナタリーさんのことが気になっていました」
「私のことが?」
「とても熱心に勉強なさっていたでしょう。それに、いつも周りに人がいて、明るくて……何度かお話しできただけでも、私はうれしかったのです」
バージルの頬が赤くなった。
どうやら、本当に昔からナタリーへ好意を抱いていたらしい。
ナタリーは、学院時代のバージルをほとんど覚えていなかった。
けれど、そんなことは顔に出さなかった。
「そう言っていただけるなんて、うれしいですわ」
ナタリーが微笑むと、バージルは眩しいものを見たように目を細めた。
「もし、ご迷惑でなければ……」
バージルは一度言葉を切り、緊張を抑えるように息を吸った。
「ときどき、お茶に付き合っていただけませんか?」
「私とですか?」
「はい。学院時代には、ゆっくりお話しすることができませんでしたから。今度こそ、ナタリーさんのことをもっと知りたいのです」
まっすぐに好意を向けられ、ナタリーは久しぶりに気分がよくなった。
フレッドに拒まれ続け、自分には価値がないような気持ちになっていた。
しかし、そんなことはなかった。
自分を求める男は、ほかにもいる。
「ええ。ときどきでしたら、喜んで」
「本当ですか?」
「ただし、退屈なお話ばかりでは困りますわ」
ナタリーが冗談めかして言うと、バージルは安心したように笑った。
「次も会っていただけるよう、楽しい話をたくさん用意しておきます」
その場で、最初のお茶の約束をした。
約束の日、ナタリーが喫茶店へ入ると、奥の席からバージルが立ち上がった。
だが、待っていたのは彼一人ではなかった。
向かいの席に、見知らぬ男性が座っていた。
バージルよりも少し年上に見える。艶のある黒髪を後ろへ流し、仕立てのよい上着を身につけた男性だった。
ナタリーに気づくと、その男性もゆっくりと立ち上がった。
「ナタリーさん」
バージルがうれしそうに名前を呼んだあと、気まずそうに隣の男性を見た。
「申し訳ありません。今日は二人だけでお会いするつもりだったのですが……」
「こいつが朝から浮かれているから、何かあると思ってついてきたんだ」
男性は悪びれずに言った。
「そして、私の判断は正しかった」
彼は熱のこもった目で、ナタリーを見つめた。
「こんな美しい方と会う約束をしていたのなら、浮かれるのも無理はない」
「君は帰れ」
バージルが低い声で言った。
「どうしてだ。親友が世話になっている方へ挨拶するのは、当然だろう?」
「ナタリーさんとは、今日初めてゆっくりお話しするんだ。君がいたら邪魔になる」
「ずいぶんな言い方だな。私がいれば、話題には困らないぞ」
男性はバージルの抗議を聞き流すと、ナタリーへ向き直った。
「初めまして。オスカー・ベネットと申します。バージルとは学院時代からの友人です」
「ナタリー・モリスです」
「お会いできて光栄です、ナタリーさん」
オスカーはナタリーの手を取り、指先へ触れそうなほど顔を近づけた。
顔を上げても、その目はナタリーから離れなかった。
「バージル。彼女がくると分かっていたなら、教えてくれてもよかっただろう」
「教えたら、君がついてくるから黙っていたんだ」
「それなら、黙っていたのは正解だ。知らされていたら、昨夜は楽しみで眠れなかったかもしれない」
「オスカー!」
バージルは本気で怒っているようだった。
けれど、ナタリーは不愉快ではなかった。
バージルの純粋な憧れも、オスカーの遠慮のない視線も、今のナタリーには心地よかった。
少し前まで、ナタリーはフレッドにどれほど頼んでも、会ってさえもらえなかった。
それが今は、二人の男が自分を見つめている。
(フレッドだけが男ではないわ)
そう思うと、胸につかえていたものが少し軽くなった。
「ナタリーさん。本当に申し訳ありません。すぐに帰らせますから」
バージルが謝ると、オスカーは心外そうに眉を上げた。
「私が同席してよいかどうかは、ナタリーさんに決めていただくべきだろう?」
二人の視線が、ナタリーへ集まった。
バージルは心配そうに返事を待ち、オスカーは自信に満ちた笑みを浮かべている。
ナタリーは少し考えるふりをしてから、微笑んだ。
「構いませんわ。せっかくいらしたのですもの、三人でお茶にいたしましょう」
「ありがとうございます」
オスカーは満足そうに答えた。
「ナタリーさんがそうおっしゃるのでしたら……」
バージルは不満そうだったが、ナタリーのために椅子を引いた。
「どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます」
ナタリーは二人のあいだへ腰を下ろした。
右には、学院時代からナタリーを慕っていたというバージル。
左には、初対面とは思えないほど熱い視線を向けるオスカー。
どちらも、ナタリーが望めば簡単に手を伸ばしてきそうだった。
今度こそ、選ぶのは自分だ。
誰かが大切にしているから欲しがるのではない。
自分へ向けられた好意のなかから、もっともよいものを選べばいい。
そう考えながら、ナタリーは運ばれてきた紅茶のカップを手に取った。
「それで、お二人は学院時代からのお友だちなのですか?」
「はい。腐れ縁というものです」
バージルが答えると、オスカーは楽しそうに笑った。
「けれど今日ばかりは、こいつと友人でよかったと思っています」
「どうしてです?」
「バージルの友人でなければ、あなたと出会えなかった」
オスカーは、また熱のこもった目をナタリーへ向けた。
バージルが露骨に顔をしかめる。
その様子を見て、ナタリーは久しぶりに心から笑った。
フレッドを失った穴は、すぐに埋まるものではない。
けれど、追いかけても振り返らない男のために、いつまでも泣いている必要はなかった。
少なくとも今、目の前には、ナタリーを求める二人の男がいるのだから。




