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昨日の大集会堂での出来事は、彼女にとってもあまりに衝撃的すぎたのだろう。
「昨日のあれは、政治的なパフォーマンスだったのでは」「本当はまだマリア様を思っているのでは」……そんな不安が、彼女の可憐な瞳の奥に影を落としているような気がした。
(よし……社畜の危機管理能力発動! ここで彼女の不安を完全に払拭し、信頼残高をカンストさせる!!)
「来てくれてありがとう、私のエレノア」
私は最高の微笑みを浮かべ、彼女へと歩み寄った。そして、抱えていた百本の菫色の薔薇の花束を、そっと彼女に差し出す。
「あっ……! これは……」
「お前の美しく気高き瞳と同じ色の薔薇だ。今朝摘んだばかりのものを集めさせた。……だが、どれほど美しい花を集めても、お前の一瞬の微笑みには及ばないのだがね」
「~~~っ!?」
エレノアの顔が、一瞬で昨日のような熟したトマト色に染まった。
大きな薔薇の花束を抱えたまま、瞳をパチパチさせて私を見つめている。
「あ、あの……アレン様……。このような高価なお花を……それに、昨日のお言葉といい……私、まだ夢を見ているようで……」
「夢ではないよ。……さあ、座ろうか」
私はエスコートし、彼女を東屋の上品な椅子へと座らせた。テーブルには、王宮最高峰のパティシエが作った可愛らしいスイーツと、淹れたてのハーブティーが並んでいる。私が先に食べたいぐらいだ。
私は彼女の対面に座り、テーブル越しに彼女の華奢な手を優しく包み込んだ。
「エレノア。お前が不安に思うのも無理はない。これまでの私は、あまりにも愚かで、本当に愚かで(語尾を強める)お前を深く傷つけてきたのだから」
「アレン様……」
「昨日、私はお前に誓った。だが、言葉だけでは信頼できないだろう? だから今日、まずは行動で示させてもらった」
私は横に控えていたシルヴァンに目配せをした。シルヴァンは恭しく、一通の書類をエレノアの前に提示する。
「これは……?」
「私がこれまで学園や公務でやらかした、不正や不始末の全ての清算報告書だ。私的流用した資金は全額、私の私財から補填した。関与していた悪質な業者も全て排除したよ。……そして、マリア男爵令嬢との関係も、完全に絶ち切った」
エレノアは目を見開いて報告書を見つめた。
そこに並ぶのは、熟練の官僚すら顔負けの、完璧な処理が施された数字と署名の山だ。たった半日でこれだけの処理を行うなど、並大抵の情熱と能力では不可能なことだった。
「これ……アレン様がお一人で……?」
「当然だ。お前の婚約者としてふさわしい男になるためなら、これくらい当然の努力だよ」
私は彼女の手を握る力に、少しだけ熱を込めた。
「エレノア。私は本気だ。お前を愛している。お前のために、私は最高の男になり、最高の国王になってみせる。だから……どうか私を試してほしい。二度とお前を泣かせないと、この命にかけて誓うから」
前世で培った「説得の技術」と「真摯な姿勢」。それに王子の「国宝級の顔面力」が合わさった、完璧な告白。
エレノアの瞳から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「……ご、ごめんなさい……涙が……」
「エレノア! どうしたの!? いや、どうしたんだ! どこか痛むのか!?」
焦る私に対し、エレノアは 首を小さく横に振った。そして、涙を拭いながら、私の人生で見た中で一番美しい、満開の花のような笑顔を咲かせたのだ。
「違います……嬉しくて……。私、ずっと……ずっと、アレン様にお仕えしながら、お慕いしておりました……。でも、アレン様は私のことなど鬱陶しいのだろうと……諦めていたのです……」
「エレノア……!」
「今日のお姿を見て、分かりました。アレン様のお言葉が、本物なのだと……。私……私、アレン様の婚約者でいられて、本当に幸せです……っ!」
ドキュゥゥゥン!!!!
私の脳内で、前世と現世を合わせた数十年分の人生の中で、最も激しい衝撃波が駆け抜けた。
なにこれ!? 健気! 可愛い! 一途! 破壊力が凄まじすぎる!!
前世で残業中にコンビニの栄養ドリンクを飲んで凌いでいた疲弊しきった私の魂が、一瞬で限界突破して浄化されていく感覚!!
(守る……! 私、この子を絶対守る!! 全財産と命と社畜スキルを賭けて、一生甘やかして絶対に幸せにするーーーーーっ!!)
「エレノア……っ!」
私は思わず立ち上がり、彼女をそのまま抱きしめていた。
「あっ……アレン様……!?」
「すまない、あまりの可愛さに耐えきれなかった……! ああ、エレノア、愛している! 世界中の誰よりも!」
「あ、あのっ、恥ずかしいです……! 側近の方々も見つめていらっしゃいます……っ!」
案の定、後ろでシルヴァンたちが「素晴らしい……」「末永く爆発して爆発しろ……(※祝福の意)」のような温かい目で見守っていた。
抱きしめたエレノアの体は驚くほど小さく、ほんのりと甘い薔薇の香りがした。私も使いたいから、後でシャンプーやボディソープを教えてもらおう。
そして彼女もまた、恥ずかしそうにしながらも、おずおずと私の背中に細い腕を回してくれたのだった。
こうして、私とエレノアの「本気の相思相愛関係」が完全に構築された。
破滅ルート回避どころか、ハッピーエンド一直線の超絶良好フラグである。
しかし――。
(……待てよ?)
エレノアを抱きしめながら、私の社畜特有の「危機管理センサー」がピンと反応した。
マリア男爵令嬢が引き起こそうとしていた「王子の籠絡と破滅」。
彼女一人の浅はかな知恵で、王宮の会計監査をすり抜けるような巧妙な不正ができるはずがないのだ。
必ず、裏に誰かがいる。
王子である私を失脚させ、王位継承権を揺るがそうとしていた「真の黒幕」が。
私はエレノアの頭を優しく撫でながら、心の中で冷酷な笑みを浮かべた。
(このアレン・ド・ヴァルロワと、その愛する妻の平和な未来を邪魔しようとする奴は……前世のデスマーチで鍛え上げた過労死級の報復で、社会的に抹殺してやるわ!!)




