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「ア、アレン様!? わざわざ大勢の目がある前で、何を……っ!?」
「大勢の目があるからこそだ! 私は今日この場を借りて、全世界に宣言したかったのだよ! 私が愛するのは、後にも先にも、エレノア、お前ただ一人だと!」
さらに畳みかける! 攻撃の手を緩めてはならない!
「見ろ、今日のこのドレスも実に素晴らしい。お前の瞳と同じ深い菫色が、その雪のような肌をこれ以上ないほど引き立てている。だが、どれほど高価な布地も、エレノア、お前自身の美しさの前にはただの装飾同然だ! お前が存在すること自体が、このヴァルロワ王国の至宝なのだから!」
「いえ、至宝だなんて……っ! な、何を急に……私、そのようなお言葉を掛けられる筋合いは……」
動揺のあまり、エレノアの言葉遣いが崩れていく。あの「氷の鉄面皮」と恐れられた公爵令嬢が、まるで初恋に戸惑う普通の乙女のように、うつむいてモジモジと身体を小さくしているのだ。
(可愛い……! え、何この子、めちゃくちゃ可愛いくない!? 待て、落ち着け私。これは体がアレンだから、そう思うだけなのか)
前世の乙女心がキュンキュンと激しく主張を始める。中身がアラサーOLだからだろうか、照れて顔を真っ赤にしている美少女の破壊力が凄まじすぎる。
守りたい、この笑顔。いや、今はまだ困惑顔だけど、絶対に本物の笑顔にして見せる! 私の命を守るためにも、そしてこの健気な美少女を幸せにするためにも!
「アレン様……っ! どうしちゃったんですか!?」
ここで、冷や水を浴びせるような甲高い声が上がった。
忘れていた。完全に。
私の後ろに控えていた『真実の愛(笑)』、男爵令嬢のマリアだ。
マリアは信じられないといった顔で私の腕にすがりついてくる。
「アレン様、さっきと言っていることが違います! 私と二人で『今日の大集会堂で、あの可愛気のない公爵令嬢をギャフンと言わせて、婚約破棄して私を正妃にする』って約束したじゃないですかぁ!」
会場が再びざわついた。「ギャフン」「私的流用」「男爵令嬢」という物騒な単語に、周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き始める。
(あぶなぁぁぁ!! やっぱり裏でそんな恐ろしい密約交わしてたんかい、このアホ王子!!)
背中に冷や汗をかきつつ、私はすっと冷ややかな表情を作ると、マリアの手をそっと、しかし絶対に解けない強さで振り払った。
「マリア男爵令嬢。聞こえの悪い冗談はやめなさい」
「えっ……? じょ、冗談……?」
「そうだ。私はお前に『世の中にはどれほど愚かな妄想を抱く人間がいるか、反面教師として観察させてもらった』と言ったはずだ。まさか、お前が本気で私とエレノアの固い絆を切り裂き、王妃の座に就けるなどと夢見ていたとはな……。王国の秩序を揺るがす恐ろしい勘違いだ」
「な、なんですってぇ!? だってアレン様、私に『エレノアは冷酷な女だ、お前の方が何倍も愛くるしい』って言ってたじゃないですかぁ!」
「言っていない! 断じて言っていない!」
私はバッサリと断言した。
前世の記憶が戻った今の私に、そんなバカな発言の記憶があろうとなかろうと関係ない。あったとしても「なかったこと」にするのが生き残るための政治的決断だ!
「私が言ったのは『エレノアの冷徹に見える態度は、我が国を想う高潔さのあらわれだ。お前のような浅はかな愛くるしさ(笑)など、彼女の爪のアカほども及ばない』だ。滑舌が悪くて聞き取れなかったのなら謝罪しよう。すまなかったね」
「そんな……っ!? ひどい……アレン様の嘘つき!」
マリアは泣き出しそうな顔で私を睨みつけたが、周囲の貴族たちの視線はすでに冷ややかだった。
公爵家を敵に回して男爵令嬢につこうとする愚か者など、この会場には一人もいない。王子自身が「勘違いだ」と言い切った以上、マリアの立場は一瞬で崩れ去ったのだ。
「これ以上の見苦しい振る舞いは、マリア男爵令嬢、お前の家の存続にも関わるぞ。控えなさい(お願い、ボロが出る前に!)」
王子の威厳(前世の激務で培った、横暴な取引先を圧迫面接する時の威圧感)を全力で発揮して言い放つと、マリアは顔を真っ青にして「ヒッ……」と短い悲鳴を上げ、逃げるように群衆の中へと消えていった。
よし、外敵は排除した!
私は再び、顔を真っ赤にして固まっているエレノアへと向き直った。
「……エレノア。不愉快な思いをさせてしまって、本当に申し訳なかった」
「あ……いえ、あの……アレン様……」
エレノアは未だに事態の急変についていけていない様子で、紫の瞳をうるうると潤ませながら、私を見つめている。
その華奢な肩が、かすかに震えていた。
「私……ずっと、覚悟をしておりました」
「え……?」
「アレン様が最近、マリア様とばかりお過ごしになり、私との夜会もキャンセルなさっていたので……。今日、この大集会堂で、私との婚約破棄を言い渡されるのだろうと……そう、覚悟を決めて、今日ここに来たのです……」
その言葉に、胸が締め付けられるように痛んだ。
彼女は知っていたのだ。自分が不当に扱われ、惨めな思いをさせられるかもしれないと分かっていながら、公爵令嬢としての誇りを胸に、堂々とこの場に立っていたのだ。
なんて気高く、そしてなんて健気な人なのだろう。私も見習うべきだ。
こんな素敵な女性を傷つけ、破滅に向かって暴走していた今世(?)の自分の愚かさに、怒りが湧いてくる。
もう絶対に、この子に悲しい顔はさせない。
「エレノア……」
私は彼女の両手をぎゅっと握りしめた。今度は絶対に離さないという強い意志を込めて。
「二度と、そのような思いはさせない。誓うよ。これまでの私は狂っていた。だが、今日、この瞬間に目が覚めたのだ! 私の真の幸福は、お前と共に歩む未来にしかないのだと!」
「ア、アレン様……っ」
「愛している、エレノア。私の命、私の地位、私の誇り、そのすべてを賭けて、お前を幸せにしてみせる。どうか……愚かな私を、もう一度だけお前の婚約者として側に置いてはくれないだろうか?」
大集会堂に、再び静寂が訪れる。
貴族たち全員が、ゴクリと唾を飲み込んでエレノアの返事を待っていた。
エレノアは、赤くなった顔を隠すように少しだけうつむき、それから意を決したように私を見つめ返した。その瞳には、先ほどまでの氷のような冷たさは微塵もなく、恥じらいと、小さな期待の光が宿っていた。
「……アレン様が、本気でそうおっしゃってくださるのなら……。私でよろしければ、謹んで……お傍にお仕えいたします……」
消え入るような、けれどハッキリとした声。
その瞬間、会場全体から「おおおおっ!」という歓声と、盛大な拍手が巻き起こった。
「素晴らしい! アレン殿下とエレノア様の真実の愛だ!」
「なんというロマンチックな真実の告白!」
「素晴らしいご婚約だ!」
貴族たちが口々に祝いの言葉を叫び、拍手の嵐がドーム状の天井に響き渡る。
公爵家の当主であるエレノアの父親――強面で知られるグランヴェル公爵も、遠くで深く深く頷き、満足げに微笑んでいた。
(た、助かったーーーーーッ!!!!)
心の中で、私はガッツポーズを何千回も繰り出していた。
首の皮一枚……どころか、糸くず一本分の差で破滅ルートを回避した!
公爵家の怒りを買うこともなく、王位継承権を失うこともなく、私は生き残ったのだ!
安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか王子の体裁を保って耐える。
ふと横を見ると、エレノアがまだ真っ赤な顔で、上目遣いに私を見ていた。
「あの……アレン様……?」
「なんだい、私の愛しい薔薇」
「あ、あの……手……まだ、握られたままなのですが……その……恥ずかしいです……」
「あ」
言われて気づく。私は前世の限界OLの血が騒ぐまま、彼女の小さくて柔らかい手を、ガッシリと恋人繋ぎで握りしめていたのだ。
「あ、ああ! す、すまない! あまりの愛おしさに、ついつい力が入ってしまったんだ!」
「も、もう! アレン様ったら……っ!」
エレノアは顔を両手で覆い隠してしまったが、その隙間から覗く耳は真っ赤に熟したイチゴのようだった。
……可愛い。
なんだこれ。めちゃくちゃ可愛い。
前世では毎日終電までサービス残業をし、家と会社の往復だけで潤いなど微塵もなかった私の人生に、突如として舞い降りた天使。
(決めた……!)
私は心の中で熱く誓った。
生き残るためだけに始めた「溺愛作戦」だったかもしれない。
けれど、こんなに可愛くて気高くて健気な婚約者を貰えるのなら、本気で溺愛してやろうじゃないか!
男としての身体にはまだ慣れないし、中身は限界社畜OLのままだ。政治も王族のマナーも、これから死ぬ気で復習し直さなきゃいけない。マリアやその背後にいるかもしれない反王家派の陰謀も、警戒しなければならないだろう。
でも、前世で培った「死んでも納期を守る社畜根性」と、読み漁った「ロマンス小説の知識」があれば、絶対に乗り越えられる!
「エレノア」
「はい……?」
「覚悟しておくといい」
私は彼女の腰にそっと手を回し、会場の誰からも見えない角度で、彼女の耳元に優しく囁いた。
「これからは毎日、今日以上の愛の言葉をお前に囁き続けるからね。覚悟しなさい」
「~~~~~っっっ!!??」
エレノアはついに声も出なくなり、湯気を立てんばかりの顔で私の胸にぽすんと顔をうずめた。
こうして、私の「異世界転生・破滅回避のための徹底溺愛生活」が幕を開けたのだった。
社畜OLの底力、見せてやるわよ!……いや、見せてやるぞ!




