【三】-1 モヒカンという生き物
【三】
民間人がマグリバの警戒領域から外れるということは、
めったにあることではない。
商人でなければ、追放刑に処されたか、
特別な事情があるか、もしくは──
「ひょおっ! 見つけちまったぜぇ! 飛んで火に入るサツマイモちゃんがよぉ!」
「のろまなのは俺らに焼き加減を選ばせてくれんのかぁ!?」
──毛火奸だ。
「走るのよ! 少しでも長く!」
「お母さん、もうムリ……」
母娘が必死に毛火奸から逃げ惑う。
彼女らの事情は伺い知れない。
わかることは、このままなら遠からず死ぬということ。
「イジワルな領主様にパシられたかぁ!!」
「おい兄弟よ。食いもんに聞いてもわかるわけねえぜ」
「違いねぇ! 大小纏めて串刺しにしてやんぜぇ!!」
使い古されて風化したプロテクターをつけた肩を怒らせ、
無骨な鈍器を持った巨漢が走る。
毛火奸。その名前の通り、頭を火のように逆立てた荒野の悪党だ。
法も良心も焼け落ちた荒野で、略奪を生き甲斐に選んだ人災。
骸獣の次に人を殺すもの。
「ノーマン、あそこにモヒカンがいるよ」
背後でエルシアがぼんやり告げた。
任務は順調だった。
道中で襲われる商人がいたら加勢し、
ところどころで任務の要であるバイクを整備し、
何の変化もない砂と風だけの道を、方角をこまめに確認して進む。
もっと騒ぐと思っていたエルシアは大人しく後ろに座っている。
見えるのはノーマンの背中だけだが、
彼女には飽きないのかも知れない。
「目を合わせないようにしましょう」
「えいっ」
都市の外でモヒカンが人を襲う。
マグリバの領土内なら要救助者だ。
だが、ここはそろそろ他都市の領域に入ろうというところ。
ここでムダなことをする暇はないとノーマンは考えた。
そうだ。あの母娘の身元もわからない。
追放刑を受けた罪人の可能性さえある。
荒野では、無力な者から順に死ぬ。
下手に助ければ、これから向かう都市との火種にもなる。
「取ったよ」
「何をですか、ってうおっ!!」
背中に違和感があって振り返ると、
完全に“目が合った”。
モヒカンの頭部をエルシアが抱えていた。
「どうして!?」
「目を合わせるなって言ってたから、
前を見たままに投げたよ」
後方へ、見もせずに放った投擲。
鎖のしなり、風の抵抗、対象の走行経路。
そのすべてを刃の煌めきだけで直感的に最適化する天賦の才。
剣聖の卵による神業。
当人は、子どものように自慢気に鎖鎌を掲げて、
成果を見せびらかしている。
ノーマンは急ブレーキをかけた。
砂煙が二人を追い越した。
これから話すことは、走りながらするものではない。
「貴女は狩人ではなく、領主の娘です。
それも、あの前文明の価値観と知識を受け継ぐループライト家の令嬢です。
間違っても、命を奪ったことを誇るようなことをしないでください」
先を急ぐ旅だが、都市に入ってから伝えたら遅いだろうことを告げる。
彼女は外に出て、他の都市と関わる以上は、
ループライト、そしてマグリバを代表する者なのだ。
「俺以外の人にそれをやったら、
周りに嫌われるのはリチャード様や領民ですよ」
エルシア・ループライトがいつものように妙ちきりんなことをすると、
困るのは剣の天才の彼女ではなく、周辺人物だ。
「わかった。生首は見せびらかさないようにする」
しゅん、としてうつむき加減にエルシアが納得した。
家、父親のことを出したのが効果的だった。
「でも、ノールックで頭を刈り取ったんですね。
凄い。上手ですよ、お嬢様」
「へへっ、手首のスナップが秘訣なの」
鼻の下を指で擦ってエルシアがはにかんだ。
説教が終わったので、やったことを褒めに入る。
殺しを誇らせてはいけない。
だが、彼女の技を否定することだけはしたくなかった。
エルシアから剣を奪うような言葉選びだけは絶対にしない。
「今日はピクニックだからワイルドな子を連れてきた」
鎖鎌を指してのことだ。
彼女は武器をオシャレのメインどころと見ている。
「じゃあその生首、その辺に捨ててくれますか?」
「捨てた」
説得が通じずに、ムキになって家に持って帰ると言われたらどうしようかと思ったが、
ただ成果を見せびらかしたかっただけらしい。
すぐに生首を捨てた。




