【ニ】-2 ピクニック決定
次の日、
いつものようにエルシアとの稽古に付き合う。
と言っても、剣を持っても触れないノーマンは、
彼女と剣を打ち合わせることができない。
トマホークを小刻みに振って、
相手の斬撃を叩いていなすしかない。
それも前の人生の経験があってこそだ。
なければ、とうに相手にならなくなっていた。
「どうしてその武器なの?」
息一つ乱すことなく、
お嬢様が首を傾げる。
「剣の才能がないからですよ。
何度も教えているじゃないですか」
彼女には言っていない。
剣を振るえない代償を払ったなど。
言葉を喪っていた自分に差し出された林檎。
時間を超えても目に焼き付いた、その手に握られる剣。
剣だけを宝石のように愛でる少女に知られれば、
彼女の世界にいられなくなる気がした。
剣を永遠に振れないことを明かせば、あの美しい手が、彼女の剣が、残酷に見えてしまう。
それだけは嫌だった。
そうしないためなら、ノーマンは己の内面をどれだけ黒く塗りつぶしたってかまわない。
「トマホークなのは?」
少女の踏み込み。
この深さなら、逆袈裟。
片手で順手を逆手に持ち替えて弾く。
「遠心力を乗せやすいからです。
非力なんですよ」
「大人と比べたらそうなのは当たり前だと思う」
「…………」
剣術が絡む時だけは、本当に鋭い。
エルシアの言葉は、剣以外ではたいてい輪郭を持たない。
放っておけば、すぐに別の煌めきに意識を奪われる。
彼女の刺突を絡め取るように受けて、
内側から弾いた。
その反動で身を回転させて懐に潜り込み、
横蹴りを放つと、どうにか攻撃が入った。
「すごーい」
蹴られた側が目を丸くする。
かなりの速度で入れたのにノーダメージ。
直撃の瞬間に後退して威力を殺したのだ。
まだ、手合わせをすればノーマンが上にはいられる。
だがそれも時間の問題だ。
エルシアはどれだけ動いても疲労が見えないが、
こちらは全身汗でびっしょりになっていた。
「トマホーク二刀流でもいいと思う」
呼吸を整えて思考を滑らかにしている中でも、
エルシアは話をやめない。
剣が舞う。
エルシアにとっての遊び。
宝石を揺らして踊るのと同じ、天才にとってはただの戯れ。
なのに、刃の軌道は一寸のブレもない。
見惚れたわけではないが、
ノーマンは己の動きが鈍るのを感じた。
彼女の剣に魅了されてしまっている。
そして、二刀流という彼女の提案はまず無理だ。
一振りで精一杯なのに、両手に武器だなんて。
「はい」
動きの間に投げられたダガー。
それを掴むと、
すでにエルシアが距離を詰めていた。
刃に最適化された速度と角度による太刀筋。
向こうに不意打ちのつもりはない。
ただ、早く遊びの続きをしたいだけだ。
小振りの鉄塊で攻撃を弾く。
片手となると、直前まで相手の攻撃を引き付け、
紙一重のタイミングで先端に武器を当てねばならない。
要求される集中力は並大抵のものではないが、
辛くも成功した。
「ここだ!」
手元のダガーを突き出すと、
指に力が入らなくなって、
短剣が飛んでいった。
首元に冷たい鋼が添えられる。
「こんなに強いのにどうして刃物を使えないの?」
「人には得手不得手があるものです」
癪だが、急造の二刀流にしてはしっかり機能した。
これがトマホーク二刀流なら、
勝ったのはノーマンだっただろう。
未来の剣聖は相手の足りないところを見つけるのにも長けているようだ。
「今日はこの辺にしましょう」
「やだ」
「朝の五時から二時間やってるのわかってます?」
「もう三時間やる」
「俺、毎日貴方達に仕えてるの知ってますよね?
今日から旦那様に言われた仕事がありますから、
数日留守にしますよ」
期限は決まっていないが、
それは言わない。
エルシアのことだ。
一人で遊んでいればすぐにこちらのことを忘れるだろう。
「行く」
「貴女はお留守番です」
汗を拭いて水を被り、
燕尾服を着直す。
どこにいても、この服を変えるつもりはない。
「じゃあ行ってきます」
「ダメ」
右脚に全身でしがみついて、
エルシアが膨れっ面で見上げる。
頬を空気で広げている。
子どもの駄々ではなく、お嬢様の駄々だ。
これは面倒極まりない。
なぜなら、子どもと違って、
実力行使をされると非常に困るからだ。
だが、連れて行きたくないというのがノーマンの意志。
決して、危険な遠征に付き合わせたくないわけではない。
手柄を独り占めして、よりリチャードからの評価を高めたい側としては、
未来の剣聖に来られては、安全な旅行になる。
「貴女がいないと領民が不安に思います」
「いいよ。一緒に連れて行ってあげて」
いつから見ていたのか、
屋敷の窓から顔を出してリチャードが口添えした。
「お父さん、ありがとー」
手を振ってエルシアが素直に礼を告げる。
計画とはかなり違う。
だが、これはこれで悪くない。
エルシアを無事に保護しながらの、都市間交流を達成したとなれば、
さらに有用性を証明できる。
──こいつらが喜ぶべきは、俺との遠征ではなく、父娘で過ごす時間だというのに。
まったく、馬鹿な連中だ。
俺が家も街も奪い取るまで、せいぜい暢気に笑っているがいい。
随分と歪んだ形だが、これも計画通りだ。
ノーマンは頭を下げながら、口の端を歪めてほくそ笑んだ。
「彼の言うことをよく聞くんだよ、エル」
その言葉に、エルシアは無言で親指を立てた。
それだけのことに、リチャードは感動して目元を拭った。
「こんなに感謝されるようになるなんて。
ノーマンのおかげだよ……
エルに社会経験も積ませてくれるなんて……」
「それは……」
違うだろう、と言いたかった。
この男の頭の中では、未来の都市構想への第一歩が、遠足か何かに変換されていそうだ。
だが、勘違いならそのままにすべきだと考え直し、
ノーマンは恭しく一礼した。
「お嬢様のこと、身命を賭けてお守りいたします」




