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終末世界の幼馴染主従ラブコメは死に戻りからリスタート  作者: スカンジナビア半島


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【二十】-1 ろくな

【二十】


 戦いは終わった。

 クロノポイントによって現れた試練が再現した

 かつてのエルシアは、

 四肢を覆う鋼鉄装甲をボロボロに砕かれて、

 敗北を認めている。


 試練そのものは、

 あの瞬間に決着していた。


「君の勝ちだ。

 確かに、今の君は、私の想像の先まで行ってしまったね」


 敗北したかつての剣聖に、

 負の感情は見られない。

 むしろ、重荷から解き放たれたようにも見えた。


「幸運でしたよ」


「それも忍者なんだろう?」


 エルシアとノーマンは顔を見合わせて、笑い合う。

 その表情のままに、彼女が片手を差し出す。

 遥か後方へ弾き飛ばされていたホワイトアイスが、

 白い粒子となって崩れた。


 それらが宙を流れ、

 彼女の掌へと集約され、

 再び一本の剣を形作った。


 どこか、笑顔が不吉なものに見え始め。

 お嬢様はホワイトアイスをノーマンに握らせた。


「さあ、最後の仕上げだ。

 私がまだ動ける間に、私を斬るんだ」


「……え?」


 パトリックとの戦いでは、

 戦いが終われば、

 それで元の人物に戻っていた。


 今回も、エルシアが敗北を認めた時点で、

 試練そのものは終わっている。


 だから、再現された彼女もすぐに消え、

 元のエルシアへ戻ると思っていた。


「本来なら、このまま消えてもいい。でもね。

 私は現れたこと自体がイレギュラーでもあるんだ。

 だって、私が死ぬのを逃れるにしても、死ぬにしても、

 前の歴史では、もっと先の時代の話だからね。

 剣邪にまでなったのに敗北したのが余程、歴史を歪ませたらしい」


「それで?」


「私を斬れば、私の力を君に残せる。

 剣聖を取り入れた刺激に反応し、前の歴史で剣邪を倒した時に君が継承した力──

 その一つが、さらに解放されるはずだ」


 前の歴史で、

 ノーマンは剣邪を倒した際に、

 剣邪の力の一部を、確かに継承している。


 その残滓が、《血骸の巡礼者》として現れていた。


 斬れば、斬るほど。


 斬った者の数が増えるほど、

 剣邪は力を増していく。


 剣の災厄は、己の性質について、

 繰り返しそう言及していた。


 ノーマンとは無関係の言葉だと思っていた。

 時間を遡るために……エルシアを助けるために、

 彼女との繋がりの最たるものである、剣の才を捧げた以上は。

 人を斬ることは、永遠にないものだと。


「俺に剣は振れません。わかっているでしょう」


「正確には、剣を振って攻撃する才能だ。

 だから、剣を前に構えて、そのまま突き刺すくらいならできるんだ。

 相手が動かないし、抵抗しない、という条件はあるけどね」


「だからって……」


 過去に戻ってからというもの、

 ノーマンは、どんなことでも成し遂げる覚悟を抱いていた。


 場合によっては、エルシア当人に軽蔑されたり、

 憎まれたりすることさえ、厭わないつもりだった。


 だが、それは……。


 最も大事な人間を斬ることだけは、

 その覚悟の中に入っていない。


「私が比較的自由に動けるのも、

 強制力がまだ薄い状態で現れたからだ。

 それに、試練そのものはもう終わっている。

 今ここにいる身体が、この歴史の私自身だということは変わらない。

 でも今だけは、クロノポイントが私への一撃を、肉体を傷つける攻撃ではなく、

 力を受け渡すための干渉として扱ってくれるんだ」


 本人はなんてことのないように説明する。

 聞いてる側の感情は、おかまいなしに。


 武器も持たず、無防備に、

 エルシアは静かに両腕を広げ、

 穏やかな微笑を浮かべている。


「だから、君の剣が私を貫いても、この身体には傷として残らない。

 色々と原理はあるが、“そういうもの”と考えてほしい」


 そんなことは、不可能だ。

 ノーマンは、そう思った。


「私を斬って目覚める剣邪の力を使えば、

 この歴史の私から剣邪を引き離すこともできる。

 私を斬って力に目覚めれば、自然と方法がわかるよ」


 一歩、エルシアが寄った。


 びくん、と、

 大きく、ノーマンが震える。


 必死に堪えようとしても、

 これまで何と相対しても恐れなかったノーマン・ロストが、

 自ら刺されようとする女性を前に、

 怯えを隠せなかった。


「やめましょう。

 そのまま眠ってください」


 剣を握っていない腕で、震えを抑えようと、強く掴む。

 何も止まらなかった。


粒子破壊アトムスマッシュの停止は、もう解けるよ」


「…………ッ!!」


「じきに今の私は消えて、

 この歴史のエルシアが目覚め、剣邪は継続する。

 それは……嫌なんだ。君の役に立ちたい。

 だから…………ね?」


 首を傾げ、笑いかける。


 穏やかで、儚い微笑み。


 荒野でこんな顔をしては、

 すぐに現実に掻き消されてしまうだろう。


 風が、薄青色の、

 青空色の長い髪を広げる。


 出会った時と同じだった。

 飢餓に苦しみ、そのまま絶える命だった、少年。

 日の光も差さない、路地裏の闇に、

 彼女は青空を纏って、あの日にやって来た。


 彼女の髪の向こうには、

 巨大で、どこまでも続く荒野の世界。


 しかし、エルシアから目を離せない。


 ──美しい。


 ──本当に。


 剣を握っている時の彼女ばかりを記憶していて、

 何も持たず、ただこちらを見つめているエルシアの美しさを、

 これほどまで見落としていたことを悔やんだことはない。


 意識すればするほど、

 印を切ることで平常心を維持してきたノーマンの手が、

 制御不可能なほどに震えてしまう。


 初めて戦いに臨む新兵のような、

 弱々しく、心細さに打ちひしがれる姿。


 ノーマン・ロストが、最も小さく見える姿。


 ──りんごあるよ。食べる?


 ──ダメだよ。君は人間なんだ。


 ──尊厳と誇りを、一本の芯として胸に通すんだ。


 ──一緒に、遊びたいの。


 ──アハハ、スゴイスゴイ。上手になったね。


 ──ごめんね。昨晩から咳が……君のせいじゃないよ。


 ──私は、もうじき……。元気なら、君に世界一強くなった私を、見せたかったな


 ──必ず帰ってきて!


 ──君は最強の剣士になるんだろう? 


 ──未来が楽しみになってきたよ。


 ──君がいてくれれば、それで良かったんだよ。


 ”彼女”を斬ると意識した途端に、

 思い出が止まらない。

 エルシア・ループライトを助けるために、遡った歴史。

 もうない歴史だとしても、ノーマンには、

 今も昨日のように思い出される、鮮烈な黄金時代。


 両の眼を閉じ、少年はうなだれた。

 目の前の相手を、直視する気力を失っていた。


「俺には…………でき──」


「私達は、鋼鉄の民。

 土より生まれ、火に鍛えられ、

 水に癒されて、風へと立ち向かう。

 其れ、すべて。鍛え手が私を見守っているから」


 鋼鉄の信条を、

 エルシアが述べる。

 初めて聞くものだった。


「故に、鋼鉄也。

 故に、私たちは立ち上がる。

 故に、挫けない。

 故に、生を楽しむ。

 足を止めることのみを、恐れる也」


 これは、前の歴史のエルシア自身の、

 《鋼鉄の信条コード・オブ・スティール》だった。


 鋼鉄の民である彼女。


 ループライト家の人間としての彼女を、

 初めて見たのかもしれない。


「道半ばで曲がり朽ちれば、錆に呑まれて骸も消える。

 意志を墓標とし、君に託す。その末路に、悔いはない。

 信条を同じくする、君を愛している」


「…………あぁっ!」


 嗚咽を漏らし、

 剣を下げたくなる。


 その瞼に、今の歴史のエルシアが浮かぶ。

 助けようと思った彼女とは、

 似ても似つかない、自由奔放な姿が。


──ノーマン、起こして。


──どこ行くの、ノーマン。


──今日のファッションが決まらないから、二度寝する。


──おんぶ。


──私も一緒に行く。


──そろそろ私への恋心を抑えられなくなったんじゃないの、へいへーい。


──言わせたがりなんだから、もう。


──フゴーーーーー、スピーーーー、グゴゴーーーー、グンガガガーーーーー。


──むにゃ……イビキに起こされちゃった。静かに寝ないと行儀悪いよ、ノーマン。


「ハハッ」


 あまりに酷い落差だった。

 月とすっぽんという古の言い回しの意味を、ノーマンは理解した。

 乾いた笑いが出るのを、抑えられない。


 …………ろくな思い出がない。


 だが、それがノーマンが今守る少女だ。


 頂点に至ってほしい少女だ。


 目の前の、世界一美しい女性は、


 もう、この世界の何処にもいないのだ。


「覚悟を決めたね」


「ええ、ありがとうございます。

 ようやく、貴女の死を受け入れられる気がします」


「それじゃあ、来て」


 目を閉じて、

 エルシアはノーマンを受け入れる。


 待たせることなく、

 瞳に鋭さを戻した少年は、


 剣を突き出したまま、

 大きく前へ踏み込み、

 エルシアを貫いた。


 嘘のように手応えがない。


 刃は確かに、

 エルシアを貫いた。

 なのに、肉を裂く感触はない。


 クロノポイントがその一撃を、

 肉体への損傷ではなく、

 かつての彼女から力を受け取るための干渉へと置き換えている。


 それでも、ノーマンにとっては同じだった。


 エルシアの身体が、

 そのままこちらへ寄りかかってくる。


 顔を上げられず、

 慟哭するノーマンの頭をそっと撫でる。


「リンゴを、持っていたらなあ。

 初めて会った時は、それで泣き止んだのに」


 声にならない叫び。


 自分が今、

 どれだけ不格好な顔をしているのかも、わからない。


 その様を見て、

 かつての剣聖は目を閉じた。


「……幸せになってね」


 その言葉を最後に、

 成人したエルシアの輪郭が揺らいだ。


 四肢を覆っていた鋼鉄装甲が、

 光の粒となって崩れていく。


 長く伸びていた手足が縮み、

 大人びていた身体が、

 十三歳の少女へと戻っていく。


 薄青色の長い髪も、

 見慣れた長さへと戻った。


 そして。胸には、

 一つの剣傷も残っていない。

 ノーマンの腕の中に残ったのは、

 この歴史のエルシアだった。


 クロノポイントによる、

 かつてのエルシアの再現は、

 完全に終わった。


 

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