【十九】-2 決闘
このモヒカンと骸獣が跋扈する時代で、
対人戦を極め、対人戦に歓びを見出しているのが彼女だ。
相手のホームへ自ら踏み込むなど、愚の骨頂だ。
「ふっ」
小さな掛け声とともに、刺突が伸びてくる。
身を捩って躱す。
そこで斧の柄頭で、
宝剣の腹を打つ。
──のは、素人考えだ。
エルシアはそうすれば、
肩からの突進を被せてくる。
間合いそのものを潰し、
こちらが自分の領域から抜け出せないよう、
絡め取ってくるのだ。
「ここは引く、と」
エルシアの狙いは、
手に取るようにわかる。
剣戟に持ち込もうとしているのだ。
前の歴史において、彼女は、ノーマンと刃を打ち合わせる時、
とても幸福そうな顔をしていた。
屈託のない、病を忘れた元気な少女の姿を見せていた。
「引いてばかりならそのまま吹き飛べ!」
寸前で大きく身を捩った。
それでも、剣圧だけで吹き飛ばされる。
リチャードの巨大鎧の残骸へ叩きつけられ、
硬い鋼鉄の山に全身を打ち付けた。
向こう側が透けそうなほどに薄い刀身で、
剛剣を繰り出された。
本来ならば、
用途とは違う攻撃を無理に行えば、
武器に大きな負担がかかるだろう。
もっとも、エルシアがやるならば、
そんなことは問題にもならない。
「反省したかい?
したなら、おいで」
手招きをし、
真正面からの刃と刃のぶつかり合いを求める。
刃と刃が打ち合う音が、
情熱的なダンスの調べとなる。
相手のリズムに合わせて足を運び、
身体を捌き、
濃密なひと時を過ごす。
エルシアは、ノーマンといつもそれをしたがる。
前の歴史も、
今の歴史も。
良い気分ではないが、
その性癖を利用させてもらう。
「来ないの? 引っ込み思案な剣で勝てるとでも!」
痺れを切らして、
エルシアが足元の土を蹴る。
そういったところは、
今の歴史のエルと同じだ。
「貴女の遊びの誘いに乗ると、いつも俺がへばるんですよ。
今だから言いますが、地獄でした。
この瞬間だけは、俺は貴女の要望を無視します!」
鋼鉄の鎧。
その残骸から、
ノーマンが飛び出した。
「生意気なことを! 私があの日、手を差し伸べなかったら!」
「俺の心には、ずっと貴女がいますよ。
だから、今、貴女を超える!」
「なら示してご覧よ!
ノーマン・ロスト。君は今、自分で未来を選択できるか!」
言われるまでもない。
左腕だけで繰り出す動き。
放てる力。
その全てが今まで通じていたのは、
向こうがこちらに合わせていたからだ。
しかし、言葉とともに、
彼女は試練を“遊びの一種”から、
“決闘”へと舞台を引き上げる。
そうなれば、起きるのは剣戟への誘いなどではない。
一方的な蹂躙だ。
「刀魂抜粋」
剣を顔の真横に寝かせて構える。
鼓膜で、
皮膚で、
刀剣の聲に耳を澄ませる。
剣聖たる領域にいるからこそ届く、極意。
本気を出した。
だが、読んでいる。
エルシアの動きは、
刀剣の性質に最適化される。
彼女の思い入れ、誇り、
そして利便性によって使い続けていた、
ループライト家に代々伝わる、宝剣ホワイトアイス。
超絶技巧によって、
無数の斬撃が球殻を形作る。
その斬撃の球殻が、
真正面から直進してきた。
一刃一刃が、必殺の威力。
まともに受けようとすれば、
瞬殺必至。
しかし、ノーマンは誰よりもこの剣を見て、
憧れてきた。
何度、見ただろう。
何度、追いかけただろう。
どの角度から始まり、
どこを通り、
どこへ振り抜かれるのか。
タイミングを図れば、
絶好の位置に──
「最大出力」
刃と刃の間へ潜り込もうとした、
ノーマンの全身が斬り刻まれた。
何度も見てきた、彼女の技だ。
あれですら、
本気のものではなかったのだ。
全身の至るところで血管が切れ、
あちらこちらから大量の血が流れる。
誰の目から見ても、
片腕を喪ったばかりの身体では、
致命傷になりかねないダメージだった。
「ぐっ……」
血を振り撒き、
力なく身体が落ちる。
その上をバイクが轢いていくように、
エルシアの斬撃の球殻、その前面が通過していった。
血が霧状に散る。
一瞬、亡骸すら残さず、
ノーマンが消し飛んだように見えた。
「血骸」
倒れる寸前。
地面と平行になった上体を維持し、
大地を強く蹴った。
今の彼は、斬撃によって形成された球殻の内側に飛び込んだ。
「血骸」
さらに、重ねる。
巡礼者を伴わない。
ノーマン自身の身体能力だけを、
極限まで底上げする。
血流を激しく加速させ、
筋繊維一本一本の性能を、
無理矢理に引き上げる。
血管そのものが傷つき、関節も、
骨の一本一本も、異音を立てて大きく損傷していく。
長くは保たない。
至近距離での、一発勝負。
エルシアの視界いっぱいに、
ノーマンの顔が広がる。
夥しい血を噴き出す、
少年の人影。
そして、その背後から──
「なにっ!?」
一室ほどもあるオフィスライトが、
崩落の勢いを得て迫っていた。
「夢中になると、他が見えなくなるのが、貴女の悪い癖だ」
剣のポテンシャル全てを引き出す。
剣士にとって極上の歓びだ。
特にエルシアは、陶酔しながらそれを成す。
先ほど、
リチャードの鎧の残骸へ叩きつけられた時。
ノーマンは、
近くに倒れていたオフィスライトの柄へ、
ワイヤーを回していた。
それから、最大出力の斬撃へ飛び込んだ時、
見極めようとしたのは、ホワイトアイスの刃の軌道ではない。
何千回と見続けてきた、彼女の振り抜きの終点。
そこへ、弛ませておいたワイヤーの輪を置いた。
最大出力を放ち切ったホワイトアイスの鍔元へ、輪が食い込む。
いかにエルシアの膂力であっても、
一室ほどの質量を、
力ずくで引っ張ることなどできない。
だが、鎧の残骸に不安定な状態で乗っていた巨剣を傾け、
重力に委ねて倒し始めるだけなら、話は別だ。
エルシアが最大出力で振り抜いた力が、
最後の一押しとなった。
倒れ始めた一室分の質量。
一度動き始めれば、それだけで凶器だ。
ノーマンは、左手へワイヤーを巻き付け、
血骸で強化された全身を使って引く。
オフィスライトそのものを、
振り回すのではない。
すでに生じた膨大な慣性へ、
ほんのわずかな角度を与える。
それだけでいい。
剣聖エルシア・ループライト。
彼女が一番恍惚としているところへ、
突っ込んでくる。
一対一で向かい合っているところへ、
突っ込んでくる。
そう。
突っ込んでくる。
彼女視点では、一室分の質量が、
突然に、真正面から。
「俺の勝ち……」
「惜しかったね」
エルシアは、
迫る巨剣から目を逸らさない。
ホワイトアイスの薄い刃を、
オフィスライトの側面へ滑らせる。
真正面から止めるのではない。
ほんのわずか、
軌道を逸らした。
次の瞬間。
轟音が荒野に生まれ、広がる。
オフィスライトの切っ先が、
エルシアの脇を掠め、
大地へ深々と突き刺さった。
だが、一室分の質量を受け流した代償は大きい。
圧倒的な質量に押し負け、
エルシアの手から、
愛剣ホワイトアイスが弾き飛ばされて、
遥か後方へ飛んでいった。
そして、ノーマンはもう目の前まで迫っている。
愛剣を追いかける猶予はない。




