【十九】-1 乗らない
【十九】
互いの力量、癖、太刀筋を知り尽くした間柄。
剣士としての技量には、隔絶した差がある。
だが、相手を隅々まで理解していることが、
あっけない結末を遠ざけていた。
ノーマンの太刀筋は、
遠心力を活かした円弧。
対するエルシアの太刀筋は、極限まで無駄を削いだ、一直線。
一切の遊びなく、
相手の急所を貫かんとする直進だ。
交戦に表れているのは、
成人と少年という体格差。
そして、互いの戦闘スタイルの違いだ。
剣聖は、その才覚によって、
どこへ斬り込めば、最も滑らかに相手を両断できるのか。
その嗅覚に長けていた。
戦いが始まる直前、
ノーマンは先ほど遠ざけた二本のトマホークを回収していた。
左手に一本。
もう一本は口元に咥える。
「千赤忍法・口寄せの術──血骸の巡礼者」
残った左手だけで片手印を切り、発動。
──出てこない。
かつての自分を再現した赤い影は、
姿を現さなかった。
クロノポイントによって再現された今の彼女を、
術が《剣邪》と判定していないのかもしれない。
「君は、私を理想視しているんじゃないか?」
ノーマンが、左手のトマホークを振り込む。
それを弾き、正眼の構えを取ったエルシアから距離を取る。
ノーマンは口元のトマホークを落とし右足で蹴った。
あらぬ方向へ回転しながら飛んだ手斧。
柄にあらかじめ絡みつかせていたワイヤーを、
左手の指で引くと、
ブーメランのように弧を描き、
エルシアの斜め後方から襲いかかる。
首を軽く曲げるだけで、
簡単に避けられた。
そこで隙を狙うと思うだろう。
だが、忍者とはさらに先を行くものだ。
「千赤忍法・韋駄天」
腰元の煙幕弾を、
左手の指先で弾き飛ばす。
煙が爆ぜ、相手が視覚を使えなくなった瞬間に、
エルシアの右上腕へ瞬足で迫り、手斧を振り下ろす。
煙の中で、白銀が閃いた。
振り下ろしたトマホークが、
甲高い音とともに弾き返される。
「惜しかったね。
君は、初めて会った日、
私が慈悲で手を差し伸べたと思っているのかもしれないが、
実態はまったく逆だ。“好きに扱って良さそう”なのが、君だった。
病に縛られない私を作るのに、君がちょうどいいと思った」
「仰ることがよくわかりませんが……」
「君は、私の罪悪感と劣等感を昇華するためのものだ。
跡継ぎとして無能な私の代わりに、君は思い通りに剣を学び、家のことを修めてくれた。
その人生を、私のか細い命の合わせ鏡だと思えれば、苦しい日々にも慰めができた」
「でも、俺が旅立つのを許してくれたんですね」
「外に出るなら、それもいいと思ったからね」
「でも、俺が出発する時、窓から身を乗り出してまで
必ず帰ってきてって叫んでたんですね」
触れられたくないことだったらしい。
図星を突かれたエルシアは、
頬を紅潮させて口ごもり、少し目を逸らす。
めったに見ることのない表情だった。
今の状況が違えば、もっとからかうなりしたかとしれない。
「俺個人に行ってほしくなかったんでしょう」
「……そうだよ。ンンッ!」
咳払いをし、
瞬時に切り替える。
「最初は、私の延長線、アバターのつもりだった。
でも君は君の人生を生き、私にはない力を育み、
帰ってきた頃には、全てを喪って病で死ぬのを待つ私を引っ張るようになった」
「あの時だけは、今のエルと同じくらいにだらけてましたね」
エルシアが、大上段に振りかぶる。
隙の多い動き。
ブラフだ。
ここに踏み込めば、
喜んで彼女の上段が、
こちらへ食い下がってくる。
一度でも、彼女の牙にかかれば、
それからはずっと剣聖の領域で動かなければならなくなる。




