【十八】-1 再会
【十八】
どれだけ否定しても、
生き物の性質は遺伝によって大きく形作られる。
旧文明の記録に残る、
一九七九年に始まった研究によれば、
生後間もなく引き離され、
全く異なる環境で育てられた一卵性双生児は、
成長後の性格、趣味、振る舞いにおいて、
一緒に育てられた一卵性双生児と同程度の類似性を見せたという。
しかし、すべてが遺伝によって決まるわけではない。
人格に見られる個人差の多くには、
遺伝だけでなく、
育った環境や、それぞれが経験した出来事も関わっている。
好奇心も。
社交性も。
協調性も。
生まれ持った気質だけで完成するものではない。
どれほどが遺伝で、どれほどが環境によるものなのか。
その境界は、歴史を通して常に議論の的となっていた。
だから、この時代のエルシアがああなのは、
自分が甘やかしすぎたからだ──などと断定するのは、
本当なら乱暴なのだろう。
それでも、ノーマンにはそう思えた。
何故なら、前の歴史の彼女がこれほど研ぎ澄まされているのは、
甘えることすら許されない人生を送ったからなのだと、
考えざるを得ないからだ。
どちらが正しいのかなど、本当は考えるまでもない。
剣士として欠陥がなくとも、
幸福まで欠けていていいはずはなかった。
そんな環境で磨かれたエルシアは、
ノーマンと長く一緒にいられず、
絶えず病苦と死の到来に晒されながらも、
騎士としての強さに満ちていた。
その生き方すら、
一つの規範として語り継がれてもおかしくない。
そう思えるほど、
無駄を削ぎ落とした、
欠陥の見当たらない、磨き抜かれた存在。
正に、ノーマンの知る、
前の歴史のエルシアだった。
「君が私にしてくれていたことは、よく知っているよ」
「お嬢様……」
目の前の相手は、
きちんと背筋を伸ばして立っている。
眠たげな顔をしていない。
隙あらばワガママを言うこともない。
美しく、聡明で、
どこまでも透き通っている。
目の前の彼女が、
氷細工で作られた、この世ならざる芸術品なら、
この歴史のエルシアは、
食っちゃ寝して丸くなった家猫だ。
けれども、家猫のように無防備に甘えられたことこそ、
前の歴史では得られなかった幸福なのだろう。
剣を振るうために特化されたような在り方。
常にこちらの先を進んでいく、
凜々しい立ち姿。
どれもが、今の自分にはどれほど求めても届かない、
遥かな高みにある。……絶対に隣に立たないほど、遠くにもある。
「病を治し、ずっと一緒にいて、いつも遊んでくれた。
私が夢見た人生を、辿らせてくれた。
どれだけ礼を言っても足りない」
「それでも、貴女のお父様は──」
「父は生きている」
「はぃっ?」
気の抜けた声を出し、
エルシアの視線を追った。
胴体を両断され、
巨大鎧から引きずり出されてしまえば、
もはや生存の望みなどあるわけがない。
少なくとも、
ノーマンにはそう見えていた。
だが、目を凝らしてみれば、
一度は鎧から引きずり出されたリチャードの上半身が見当たらない。
巨大鎧の残骸から伸びる、
何本もの機械腕を目で辿る。
ノーマンがエルシアと戦っている間に、
機械腕は主人の身体を回収し、
辛うじて原形を保っていた背部骨格へと引き戻していたのだ。
その上半身は、
背部骨格に埋め込まれた透明な円筒の中で、
正体不明の深青色の液体に浸されていた。
「巨大鎧に組み込まれた、ループライト家の至宝にして秘密兵器の《遺産》だ。
培養液とナノマシンが、父の生命活動を維持し、死の寸前で繋ぎ止めている。
助かる保証はない。けれど、まだ死んではいない」
全身から力が抜けそうになるほど、
安堵が押し寄せた。
完全に助かったわけではないが、
まだ助けられる可能性が残っているのか。
旧文明の科学力というものは、
やはり常軌を逸している。
「危うく卒倒しかねないほどに、安心しましたよ」
「そうだ。けれどもね、私は死なないといけない」
「何故?」
「君の願いの中心にあるのが、私の生存だからだよ」
そう言うと、エルシアは腰を覆う鋼鉄の装甲へ手を伸ばした。
そこに形成された鞘から、
クロノポイントが再現した、
白銀に煌めく家宝の剣を引き抜き、
己の首筋へ押し当てる。
あまりにも速い。
ノーマンが一歩でも近づけば、
その瞬間に喉を裂ける位置だった。
だが、エルシアはまだ刃を滑らせない。
どうやらクロノポイントが求めているのは、
彼女の死そのものではない。
ノーマンが自らの意志で、
エルシアを諦めることなのだろう。
しかも、今ここで、ノーマンの諦めの上に、彼女が自らの喉を裂けば、
消えるのは再現された人格だけではない。
今ここにある成人した肉体は、
この歴史の十三歳のエルシアそのものが変貌したものなのだ。
つまり、ここで喉を裂けば、
再現された人格だけではなく、
この歴史のエルシア自身も死ぬ。
「待ってくれ!」
「君が託された《遺産》クロノポイントは、願った者に教訓を与えるものだ。
『過去は変えられない』とか、『どうしようもない現実を受け入れよう』とかね」
「だからといって、貴女を見殺しにすることは──」
「今の私が自ら命を絶てば、剣邪を討った他者は存在しない。
剣邪を継承する者も生まれず、この連鎖も終わる」
エルシアは、首筋へ当てた刃を微動だにさせないまま続ける。
「君が私の死を受け入れたうえで、
私がここで命を絶てば、
クロノポイントは君が願いを諦めたと見なす。
そうすれば、父も、パトリックも、これから出会う未来の仲間も、
少なくとも君の願いのせいで、
これ以上危険に晒されることはないだろう。
それはもちろん、君もだ」
彼女が死ぬことについて、
淡々と残酷に説明され、背筋が凍る。
「そうでなければ、君も、この世界も、絶えず苦難に見舞われ続けるだろう」




