【十六】-3 父娘
後方遥か彼方へ強制的に投げ飛ばされ、
オフィスライトが飛来した時と同じく、
大小さまざまな円筒がリチャードを取り囲むように飛んできた。
まだ手持ちの武器があるのかと思ったが、違う。
今度は、それらが次々とリチャードの身体へ装着されていった。
さながら、重装アーマーのパーツを次々に装着していくかのように。
リチャードの巨体は機械の鎧を纏ったことで、
物理的にも常軌を逸したバケモノとなった。
その全高は、
三十メートルにも達しているだろう。
頭に雲がかかるのではないかと錯覚するほどの、
この世界で見たこともない圧倒的な巨人の姿へと変貌していた。
先ほどまでのハッタリとは違う。
今度こそ、
旧文明の機構がリチャードの身体を完全に覆い、
その巨躯を物理的に拡張していた。
地下室で話した、
ループライト邸の最大の秘密。
その最たるものだ。
旧文明の遺産。
その先端たる恐るべき兵器。
「エルシア。聞こえるかい」
軋み、空間が歪みながら、
機械に増幅された割れんばかりの声が鎧から響く。
「許せとは言わない。
だが、私は領主だ」
「待て! やめてくれ!!」
リチャードが何をしようとしているのか悟ったノーマンが、
必死に叫んで止める。
リチャードは、巨体との比率では大剣ではなく、
通常の直剣となったオフィスライトを両手で強く握った。
「最期まで民を守る義務がある」
「駄目だ!!
貴方達は誰よりも幸せにならないと──」
少年の叫びは、鼓膜を破る激突音に呑まれた。
風圧に紙切れのように飛ばされそうなのを、必死に堪える。
血骸の巡礼者があっても、
飛び込むタイミングを完全に失った。
斬撃のスケールが、
あまりにも大きすぎる。
人間大の剣士を再現するにすぎない血骸の巡礼者では、
三十メートルの巨人と剣邪の神話のような戦闘についていけない。
一撃ごとに数十メートル、
時には数百メートル先にまで、地形を変えながら戦域が広がっていく。
「大きくなったな、エルシア。
まだ掌に収まるくらいに小さかった頃は、
病弱なお前に少しでも幸福に生きてもらうのが、親としての使命だと思っていた」
剣と剣が激しくぶつかり合う。
鉄と鉄が擦れ合う、ただの金属音ではない。
巨大な爆発音が、
荒野の果てまで響き渡った。
「だが、ノーマンが来て、すべてが変わった。
お前は人生に本当の楽しみを見いだし、
癒えない身体を押してでも、彼と一緒にいようとした。
その姿を見て、お前は本当の幸福を手にできるのだと思った」
どれほど強大な巨大な鎧を纏おうと、
操るのは生身のリチャード。
振るう得物が大剣である以上、
最後に物を言うのは剣士としての純粋な技量だった。
次第に、巨人の大味な剣筋が完全に見切られていく。
十分の一にも満たない背丈の少女の白いシルエットに、
砂山同然の巨体がもてあそばれるように翻弄され始めた。
エルシアの無慈悲な太刀が、巨腕をあっさりと断ち切った。
「──最期まで、その道を歩ませてやれない親ですまない、エルシア」
巨人の口部が、縦におぞましく開いた。
周囲の光子が異常な密度で集束し、
昼の荒野が夜のように暗くなっていく。
竜巻ほどの太さを持つ、すべてを消し飛ばす光の柱が、
巨人の口から放たれた。
狙うは、
足元のエルシア。
少なくともノーマンには、
剣邪が持つ、極小の機械の補助や剣術ごときで、
この物理的な光線に太刀打ちできるようには見えなかった。
彼女の死が決まった。
そう思った。
「刀魂解放」
巨人の断たれた腕から落ちたオフィスライトを、
抱き締めるように握ったエルシア。
本来の持ち主であるリチャードには成せなかった剣聖の才覚で、
埒外の兜割りを生み出した。
光線が裂かれ、その向こうの巨人も斬られる。
頭部への直撃は避けるが、
左肩部が大きく破損する。
「まだだ!!」
内部の人間にもダメージが入った。
血泡が混じった叫びで、それが伝わる。
両腕を大きく開き、
娘を捕まえ、強くホールドした。
その拍子に、剣邪の手から、大剣が、地響きとともに零れ落ちた。
「思い出すな、エルシア」
だが、その大きさでは剣邪を抑えきれない。
隙間から腕を抜き出したエルシアの手に、
ナノマシンの剣が握られ、無造作に振り回して深い斬れ目を作っていく。
「ゴボッ!!」
否、考えなしに暴れているのではない。
その斬撃はリチャードがいるところを的確に斬っていた。
内部の彼が、どのような惨状になっているか、
想像もつかない。
「夜、死ぬのが怖いと震えるお前を、
抱きしめて、落ち着くまで、ずっと共にいた。
無力だったが、少しでもお前の痛みを共有できるように」
鎧全身が、先ほどの口部から放たれたのと
同じ種類の光りに包まれる。
「お前を一人にはしない。
一緒にいよう、ずっと」
巨人が光の柱そのものになる瞬間、
拘束が緩んで、抜け出したエルシアが、
落ちたオフィスライトを拾い上げ、
すぐさまに薙ぎ払う。
光柱と横一閃が、
正面から激突した。
エルシアの放った横一閃は、
巨山ほどの光柱を、モーゼの海のように真っ二つに裂き、
その勢いを全く失わないまま、一直線に巨人の胸部へ到達した。
強固な胸部装甲を横一文字に斬り、薙いだ。
同時に、二つへ分かれた光の奔流が、
エルシアの小さな身体すれすれを通過した。
直撃こそ免れたものの、
余波の爆発だけで白い少女の身体は吹き飛び、
遥か後方の荒野へ人形のように叩きつけられた。
世界が白く染まり、
すべての音が消えた。
一見すると、相打ち、に見えた。
「ちくしょぉ!!」
前の歴史で剣豪執事だった男は、
残された左手で、何度も何度も血が滲むまで地面を殴る。
戦いが終わり、
壁のように巻き起こっていた砂塵がゆっくりと晴れていく。
自爆行為によってあちこちが破損し、焦げて、焼失し、
胸部装甲を横一文字に切り開かれた巨大鎧が荒野へ力なく膝をついていた。
背部の骨格だけで辛うじて上下を繋ぎ止めながら。
エルシアは、まだ生きていた。
ざっ、ざっ。
確かに大地を踏みしめ、
リチャードが纏った巨人に無表情で近づく。
光柱の余波に傷つけられながらも立ち上がった彼女は、
すでに巨大鎧の胸元まで戻っている。
エルシアの身体から溢れた白い粒子は、
鎧の内部へ流れたリチャードの血に引き寄せられ、蠢いていた。
父を助け出そうとしているのか。
彼女はナノマシンの衝動に導かれるまま、
胸部装甲の裂け目へ潜り込んだ。
胴を両断されたリチャードの血まみれの上半身を掴み、
両腕で鎧の外へ無造作に引きずり出している。
助けようとしているのではない。
「いい身分だよなあ、お前!
時間が巻き戻って、一人だけズルしてよぉ!!」
誰でもない。
ノーマンは、己の無力さを呪い、自分自身を狂ったように罵っていた。
血が滲む。視界が涙でボヤける。
拳の傷口へ、
荒野の小石がめり込む。
傷も痛みも無視し、
全力で自分を痛め続ける。
「なのに結局、これだよ!
何も変わってねえ!!」
瞳に涙を浮かべながら、
ノーマンは顔を上げた。
エルシアに掴み上げられたリチャードの上半身は、
偶然、ノーマンの方を向いていた。
「何も変えられてないんだ、何も!!! 何も!!!!
今度こそ、今度こそって、何千回も唱えたのが!!」
だが、すでに事切れている。
「ごめん、父さん……!」
執事の、息子の謝罪が、荒野の風に溶けていく。
エルシアの両手は、
引きずり出した父の血で真っ赤に濡れていた。
彼女の身体から溢れた白い粒子が、
その両手へ、飢えた獣のように一斉に群がっていく。
遺伝子の回収が、済んだのだ。
父の温かい血さえ、
ナノマシンはたちまち無機質に呑み干した。
血液から必要な遺伝情報を読み取り終えたのか、
白い粒子の動きが一斉に止まった。
ナノマシンがリチャードという物体を保持する理由を完全に失うと、
エルシアの両腕から力が抜け、
その上半身が、用済みのゴミのようにずるりと地面へ落ちた。
それが、娘の形をした厄災の、父への扱いだった。




