【十六】-1 ニ対一
【十六】
鋼鉄の文化。
それが、ループライト家から受けた薫陶だった。
後天的に身につけた技術、育んだ肉体、吸収した知識を振るい、
立ちはだかる苦難を砕き、未知を切り拓き、
自ら進むべき道を鍛え上げる。
当主リチャードは、
まさにその生きた体現者だった。
この男は、これほどまでに巨きく、太かったのかと、
ノーマンは目を見張って瞠る。
身長二メートル二十センチという圧倒的な長身であることは、すでに把握している。
だが、それさえ平時の、ただの数字の話にすぎない。
今の彼は、全高二十メートルの不動の山。
そう錯覚させるほどの、暴風のような圧力を放っている。
大剣オフィスライトを振り回すことで、
本来の十倍近い巨躯にすら見せかけているというわけだ。
恐るべき膂力。
そして、洗練された技量。
剣邪と化した剣聖を相手にしてなお、
一刀両断される事態をギリギリのところで回避し続けていた。
「ぬうぅん! 鋼条両断剣!!」
唐竹割りの絶大な一撃が、
剣邪へ迫る。
対するは、鋸という頼りない得物のはずが、
無数の細かな刃を巨大なオフィスライトへ正確に食い込ませ、
剣邪の膂力によって、その圧倒的な重量を正面から押し返した。
「お嬢様。お気を確かに!」
ノーマンも、ただ見ているだけでなく全力で加勢する。
剣邪の力を顕現させ、
前の歴史を生きた剣豪執事の力を借りても、
今のノーマン一人では、とてもこの化け物を押さえきれない。
それでも、先だって戦い、奇跡的に勝利した先代剣邪が相手なら、
リチャードと二人がかりで勝機はあった。
だが、エルシアが素体となった側のこの剣邪は、
存在の格が根本から違う。
斬れば斬るほどに強くなると言っていたが、
目の前の全身を純白に染めた剣邪は、
一人も斬らずとも、呼吸をするように加速度的に強さを増している。
「エル! パパを見るんだ。お前の父親だ!
そして、あそこにいるのは未来の旦那様だろう」
「危ない!」
鋸が、翻弄するようにリチャードの首筋にある頸動脈へ迫った。
間一髪で、巡礼者の剣がエルシアの武器を弾き払う。
一室そのものを武器とするような仰天兵器をもってしても、
剣邪の無慈悲な太刀を完全には退けられず、
ノーマンの力を借りる他ないことが嫌というほど分かる。
機械と融合したモヒカンも、
目の前の剣邪も、いったい何がどうなっているのか。
事態はすでに、盤面を支配していたはずのノーマンの与り知るところを完全に超えている。
「まだまだ! 忍法・再見投擲」
絶命したモヒカンが握っていた武器を、
片っ端から拾い上げて矢継ぎ早に投げつける。
一つ一つが、鋸を叩き落とせるだけの必殺の威力を伴っていた。
だが、どれも紙屑のように切り落とされた。
本当に巡礼者の斬撃以外が無効ならば、
わざわざ対応する必要すらないはずだ。
つまり、相手の鋸を避けて肉体を直接攻撃すれば、
おそらくどのような攻撃でもダメージは通る。
エルシアが不意打ちのナイフで、あの剣邪を殺した時のように。
ノーマンは、そう冷静に踏んだ。
「俺が前を行きます!
貴方は牽制を!」
「いいとも」
リチャードとエルシアを直線で結ぶ死のライン上を、
ノーマンが疾走する。
彼の背後、頭上を、
部屋一室分の質量を籠めた大剣が轟音とともに通過する。
風圧に足を持っていかれそうになるのを必死に踏ん張り、
エルシアの懐へ入り込んだ。
大事なのは、相手の得物である鋸を落とすことだ。
武器のない剣邪になら、
肉弾戦でさえダメージが入る。
リチャードの大剣を受け止めていた彼女の鋸がわずかに止まり、
同時に、巡礼者が下から鋸をかち上げた。
決まった。
エルシアの手から離れて宙を舞う鋸へ、
鉤縄が絡みつく。
ノーマンは好機を逃さず、
その鋸を鉤縄で絡め取って手元へ回収した。
「忍法・正拳突き!」
腰を深く落とし、
一切の迷いなく真っ直ぐに打ち抜く拳。
エルシアの腹部へ直撃した。
剣邪といえども、
やはり根幹は超常の現象ではなく、生物だ。
戦えば戦うほど、
忍者の呼吸と策が、剣邪の動きを捉えていく。
少なくとも、ノーマンにはそう思えた。
こちらに確かな抵抗手段があるとわかった今なら、なおさらだ。
リチャードの助けがあったとはいえ、
絶望的だった彼我の差は、飛躍的に縮まっているはずだ。
剣邪の能力が、
剣によって命を奪うことのみに特化しているとわかれば、
やらなければならないことは明確だった。
事実、攻撃は完全にクリーンヒットして入った。
いくら剣聖とはいえ、エルシアの本来の肉体強度なら、
そのまま崩れ落ちて気を失うはずだ。
だが、無残に崩れ落ちたのはエルシアではなかった。
ノーマンの、右腕だった。




