【十五】-3 跡継ぎ条件
遠方から荒野を断ち割った白い斬撃を、
マグリバの見張りが確認していたのだろう。
異変を告げる報告を受け、
領主は全力でここに来たに違いない。
「ここは私に任せてくれ」
「し、しかし……」
リチャードは丸腰だった。
両手を背中で組み、
胸を張ってエルシアと相対している。
唇を一文字に硬く結び、
毅然とした表情を浮かべていた。
だが、その双眸には隠しきれない険しさが宿っている。
リチャードがこれまで前線へ出なかったのは、
戦う力がなかったからではない。
娘と、娘が選んだ執事を信じ、
戦いを任せていたからだ。
ノーマンも、そのことは知っていた。
けれども、相手はあまりにも規格外だ。
いかに怪力を誇るリチャードであろうと、
剣邪となったエルシアの前へ出すことなど容認できなかった。
しかし、この時のノーマンはまだ、
リチャード・ループライトという男の力を、
正確には理解していなかった。
「お下がりください!
生身でどうこうできる相手では……!」
「すぐ、ここに来るさ」
リチャードが指を鳴らすと、
乾いた音が荒野へ響いた。
何をしたのかと訝しむノーマンのもとへ、
答えは、音速を超えた物体が生み出す衝撃波とともにやってきた。
巨大な筒状のカプセルが、
空を裂いて三人の頭上へ飛来した。
着弾の直前、
外殻に並んだ無数の噴射口が一斉に火を噴いた。
凄まじい逆噴射によって速度を落とした巨大な筒が、
轟音とともに父と娘の間へ突き刺さった。
衝撃が荒野を揺らし、
巻き上がった砂塵が壁となって噴き上がる。
カプセルの外殻が複雑に変形し、
内部から様々な物が飛び出していった。
重厚で高価なデスク。
筆記具。
書類の束。
燭台。
いずれも、執務室に置かれていた家具や調度品だった。
「執務室が丸ごと筒になって、
飛んできたのか……?」
「そうだ。君に教えたループライト家の機能。
その一部を活用している」
筒から、
巨大な柄めいた取っ手が突き出した。
マグリバの領主が、
それを片手で掴む。
同時に、
筒の両側から分厚い刃がせり出した。
ノーマンのトマホークと同じく肉厚でありながら、
刃先だけは鋭く研ぎ澄まされている。
「ループライト邸の執務室。
ペンは剣より強し。
文明を体現せし格言だと思わんかね」
一室そのものが、
規格外の大剣へと変形していた。
旧文明の最先端技術でなければ、
実現など到底不可能な代物。
その異常な質量を持つ大剣を、
リチャードは片手で軽々と担ぎ上げた。
取っ手から駆動音はしない。
リチャードの身体にも、
その重量を支える装甲や機構など見当たらない。
あの重量を支えているのは、
機械の力ではなかった。
人の肉体を極限まで鍛え上げた、
リチャード・ループライト自身の純然たる力だった。
だが、これほどまでとは、
ノーマンさえ知らなかった。
エルシアの白い双眸が、
リチャードと、彼が担ぐ巨大な刃を見据えている。
驚いているのでも、恐れているのでもない。
獲物の強さと間合いを測るように、
次に斬るべき対象を観察しているのだ。
「ループライト家最終兵器・オフィスライト。
これを使いこなすのが、家長になる条件だ。
よく見ておくがいい」
リチャードは、
エルシアではなく、その眼前の大地へ、
規格外の大剣を力任せに振り下ろした。
部屋一室分の質量が、
荒野を真上から叩き潰す。
爆発的な衝撃と砂塵が巻き上がり、
ノーマンの身体を軽々と宙へ持ち上げた。
大地は巨大な隕石でも落ちたように陥没し、
亀裂が蜘蛛の巣状に荒野を駆け抜ける。
「君も将来、これをやるんだ」
無理だ。




