【十五】-2 厄災に
だからこそ今、
自分を人間へ導いた彼女の剣が、
今度はエルシアを人間ではないものへ変えていく光景を、
黙って見ていることなどできなかった。
「ひいっ! 何でこうなるのおっ!?」
「退け退けえぇ!!
あいつ、半端ねえぞ!」
顔を上げたノーマンの前で、
骸獣と一体化した新種のモヒカンが、
次々と破砕されていく。
荒野を絨毯のように埋め尽くしていた群れが、
次から次へと斬滅されていく。
「なんてことだ……」
突如として現れた新種。
ノーマンは便宜上、
MohicanとMachinaを合わせ、
Mochinaと呼ぶことにした。
モヒカンの特徴である残虐性と、
群れを作る習性。
そこへ骸獣由来の高い身体能力までが融合した、
本来ならば極めて大きな脅威となる生命体。
だが、剣邪となったエルシアの斬撃は、
モキナの肉体をいとも容易く両断していく。
舞うことさえない。
ただ腕をひと振りするだけで、
斬撃が荒野をめくり返し、
生まれたばかりの種族を薙ぎ払っていく。
相手があまりにも悪すぎる。
完全に剣邪として目覚めたばかりだというのに、
エルシアは、その瞬間からすでに先代をわずかに上回っていた。
先代が数多の人間を斬ることで、
積み上げてきた力。
それを受け継いだうえで、
剣聖の卵たるエルシア自身の才覚が上乗せされたのだ。
剣邪としての戦闘経験では、
先代の足元にも及ばない。
だが、エルシア自身の剣才が、
その経験の差を一息に覆している。
そのうえ今も、
モキナを斬るたびに、先代との差は広がり続けていた。
「お嬢様。もうやめましょう」
「斬れば……斬るほど……」
青空色だった髪は白雲の色へ染まり、
エルシアは斬撃を放ち続ける。
地面をゴリゴリと抉り削り、
逃げ惑うモキナを次々に圧砕していく。
もう勝負は決している。
退却するモキナへ追い打ちをかけること自体は、
本来なら構わない。
だが、今のエルシアは、
ただ腕だけを雑に振り回して敵を倒している。
普段のエルシアなら、決してしないことだ。
だからこそ、
ノーマンはどうしても彼女を止めずにはいられなかった。
「やめましょう、エルシア様。
ご自分がどんな髪になっているのか、分かっていますか?
総白髪です。まだそんな年齢ではありません」
「斬れば……斬るほど」
「エルシア様。今のあなたをリチャード様にどうお伝えするのですか。
あの方は、常にお嬢様のことを第一に案じていますよ」
「斬る」
「……エルッ!」
強引にでもやめさせようと、
ノーマンは、剣を握るエルシアの右の二の腕を強く掴んだ。
白い剣閃が、
ノーマンの腕へ迫る。
それを、真紅の人影が受け止めた。
「千赤忍法・口寄せの術──血骸の巡礼者」
真紅の人影。
きっと、前の歴史から引き継いだのだろう、
ただ一つのもの。
前の歴史を生きた自分の剣筋を再現する存在が、
エルシアの刃と斬り結んでいる。
今、エルシアが自分へ斬りかかったのだ。
あり得ないことだった。
だが、予想していなかったことではない。
彼女が自分へ斬りかかってくる可能性を、
ノーマンは頭の片隅に置き続けていた。
血骸を0.00001秒で発動できるよう準備したうえで、
制止の声をかけていたのだ。
「クソッ……!!」
彼女を疑った。
危険な存在として警戒した。
その判断が結果として正しかったことが、
何よりも腹立たしかった。
ノーマンをモヒカンから文明へ連れ出してくれた剣が、
今や無造作に命を刈り取る災厄の一部となっている。
その事実に、ノーマンは激しい怒りを覚えた。
荒々しく舌打ちし、強く歯ぎしりする。
生きているモキナは、
もうこの場には一体も残っていない。
戦場に立っている者は、
もはやノーマンとエルシアの二人だけだった。
「……斬る」
「腰の入っていない技で、
俺を斬れると思わないでください」
「そこまで!!」
裂帛の気迫が籠もった一声が、
荒野を貫いた。
ノーマンの全身が、
巨大な怪物の眼光に射抜かれたかのように強張る。
エルシアの動きもぴたりと止まった。
知った声を聞いて正気を取り戻したわけではない。
感情の消え失せた白い双眸が、
ゆっくりと声の主へ向けられる。
エルシアは、新たに斬るべき対象を認識したのだ。
「リチャード様……」
リチャード・ループライトがいた。




