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終末世界の幼馴染主従ラブコメは死に戻りからリスタート  作者: スカンジナビア半島


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【十四】-3 新種発見



 いつからだったか。

 ノーマンの眼には、“奴”の面影がちらついてしまう。


 見たいわけではない。

 だが、なぜかエルシアを見ていると、だ。


 剣邪を倒した直後からなのか。

 それとも、もっと後からだったのか。


 考えようとすると、

 決まって胸の奥がざわめいた。


 だから、深くは考えなかった。


「面白いのがいる」


 ノーマンには正体の掴めない足跡から、

 何を見出したのかはわからない。


 少なくとも、彼女はあらぬ方角を見て呟いた。


 つられて目を凝らすと、

 土煙が巻き上がっているのが見える。


 双眼鏡を使って確認すると、

 逆立ったカラフルな髪に、

 粗末な作りのプロテクター。


 よくいるモヒカンだ。


「ここは、骸獣の縄張りだったはず」


 マグリバの近くだから、そうだ。


 骸獣を駆除したことで、

 もう生息域の流動が始まったのか。


 そう思っていたが、

 強烈な違和感があった。


 砂丘に遮られ、

 群れの上半身だけを切り取るような形で見ているが、

 どうにも重心の移り方が違う。


 上下に激しく弾みながら、

 両腕を自由に振り回している。


 バイクやバギーではない。

 騎乗しているようには見えない。


 手綱も、鞍も、車体もなかった。


 なのに、あれは何かに乗っている者の動きだ。


 モヒカンの群れが砂丘を越え、

 それまで地形に隠れていた下半身が、

 ようやく露わになる。


 そこに人間の脚はなかった。


 モヒカンの腰から下には、

 四本の脚を持つ獣型の機械躯体が接続されていた。


 その姿は、まるで人間と獣を上下に繋いだ、

 旧文明の神話に登場するケンタウロスだった。


 だが、人間が単に機械の背に乗っているわけではない。


 腰骨は獣型躯体の背骨へと食い込み、

 人間の肉と筋繊維が、無機質な金属板の隙間を這っている。


 剥き出しになった脊椎から伸びる神経束が、

 金属製の胴体へ、おぞましい根を張るように接続されていた。


 四本の脚は金属で覆われているが、

 関節の隙間では、赤黒い腱と筋肉が生々しく伸び縮みしている。


 人間の上半身と獣型の機械躯体。


 それぞれを組み合わせたのではない。

 肉と骨ごと繋がり、

 一つの冒涜的な生命として脈動している。


 モヒカンは人間だ。


 骸獣の部品を奪い、

 装備や乗り物として利用することはあっても、

 肉体そのものが骸獣と完全に一つになることなどない。


 少なくとも、

 ノーマンが知る前の歴史には絶対に存在しなかった。


「何だ、あれは!?」


「斬れば、斬るほど」


 ノコギリを抜き放ったエルシアの双眸に、

 さらに不気味な白い光がよぎる。


 先ほどまで浮かべていた、

 あの楽しそうな笑みが消えた。


 表情だけではない。

 呼吸も、瞬きも、身体の微細な揺れさえも消失している。


 まるで人間として必要な動作を、

 一つずつ無機質に切り捨てていくかのように。


「あの、お嬢様。その言葉は──」


 我慢できずに、その言葉の意味を問いただそうと、

 ノーマンが、やけに渇いた口を開く。


「斬」


 薄青色の美しい髪が、

 根元から純白へと染まっていく。


 白く輝いたのではない。


 髪から、肌から、衣服から、

 この世界に人間として存在するための色彩そのものが抜き取られていく。


 エルシア・ループライトの全身が、

 埃一つない不自然な白へと変じた。


 その立ち姿。

 その眼差し。

 感情を完全に削ぎ落とした声。


 彼女が殺した、

 あの剣邪そのものだった。


 ノーマンの脳裏に、

 前の歴史における最期の戦いの記憶が蘇る。


 ──見事だ。お前が次の……。


 奇跡的に勝利を収めたノーマンに、

 奴は呪縛から解放されたような顔で呟いた。


 剣邪の死と同時に、

 何かが自分の中へ流れ込んでくる、

 おぞましい感覚があった。


 だが、直後にノーマンは剣を捨てた。


 エルシアのために、

 剣豪執事であることをきっぱりと捨てたのだ。


 それ以降、ノーマンの心にも身体にも、

 剣邪となる兆候は何一つ現れなかった。


 そして今回の予期せぬ再戦では、

 己の根源から引きずり出した正体不明の力によって、

 奴の斬撃を食い止めた。


 真紅の闘気から現れた、

 剣を構えた大人の男の人影。


 それは、前の歴史を生きた、

 大人のノーマン・ロストを象った再現体だった。


 剣邪の居合の軌跡をなぞり、

 奴の斬撃と真っ向から斬り結べる存在。


 恐らく、あの人影こそが、

 剣邪になりかけた証として自分の中に残された、

 継承の残滓なのだろう。


 前の歴史から持ち越された、

 剣邪と斬り結べる人影。


 千赤忍法・口寄せの術──血骸の巡礼者ケイプクルセイダー


 理解の範疇外ではあったが、

 自分の心にも身体にも異常がない以上、

 深く考える必要はない。


 ノーマンは、そう自分に都合よく判断していた。


 だが、今回は違う。


 剣邪へ最後の一撃を与えたのは、

 ノーマンではない。


 最後まで剣を握り、

 剣邪を斬り殺したのはエルシアだった。


 卵の中で生まれたと語った、

 剣邪の過去を思い出す。


 剣邪とは、

 一人の剣士の名前ではなかった。


 剣を持つ者から、剣を持つ者へ。


 己を斬り殺し、

 それでも剣を握り続けた強き剣士へと乗り移る、

 ただ斬ることだけを受け継がせる『呪いの概念』。


 剣邪を殺し、

 それでも剣を手放さなかった者が、

 次の剣邪になる。


 剣邪の死と同時に始まった継承を、

 ノーマンは剣を捨てることで拒絶した。


 剣邪の継承が始まった、

 まさにその瞬間。


 ノーマンは剣を捨て、

 自らへ向けられた継承を拒絶したのだ。


 だが、エルシアは剣を手放さなかった。


 骸獣を退治するには、特殊な加工を施した刃が必須。

 ループライト家が剣を捨てるのは、

 家名を捨てるも同然だ。


 何よりも、彼女にとって、

 剣は生き甲斐そのものだ。


 結果、剣邪を殺した瞬間から始まったおぞましい継承を、

 彼女は知らずに受け入れ続けていた。


 剣邪を殺した後も剣を手放さなかった時点で、

 彼女は自らも知らぬまま、

 唯一の逃げ道を完全に閉ざしていたのだ。


 ノーマンに、どうにかできたはずもない。


 彼自身も、

 彼女が自由な剣聖になることを誰より望んでいたのだから。


 ここ最近の、

 エルシア・ループライトの異常なまでの活力。


 疲労を知らない肉体。

 火照った頬と、不自然な高揚。

 白い刃の残像。

 そして、剣邪と同じ言葉。


 気づかなかったのではない。

 ノーマンは絶対に気づきたくなかったのだ。


 ようやく手に入れた幸福に浮かれ、

 未来を変えられたという結果だけを信じたかった。


 考えないように、

 懸命に目を塞いでいたのだ。


「ヒャッハー!!

 元気満タンなニュー・俺らに、さっそく喧嘩を売ってきやがる馬鹿が出たぜぇ!」


 ノーマンたちへ迫るモヒカンの獣脚が、

 砂地を無残に蹴り砕く。


 奴らは身体が大きく変容しても、

 おおむねいつものモヒカンだ。


 しかし、その姿は、

 これまでの歴史を根底から大きく揺るがすものだった。


 肉と骨を金属へ繋いだ四本の脚が地面を穿ち、

 人間の上半身と獣型躯体を一つの肉体にした異形の群れが、

 土煙を突き破り、飛び出してくる。


 これまでにないもの。

 モヒカンの発生経緯を知っていれば、

 絶対にありえないとわかりきっているもの。


 荒野に、新種のモヒカンが確認された。


 否。


 骸獣の新型がやって来たのだ。


 人間と融合した骸獣ケダモノという悪夢が。


 早すぎる歴史の改変は、

 世界から災厄を消したのではなかった。


 一つの結末を無理やり変えたことで、

 人間と災厄の境界を壊し、

 前の歴史には存在しなかった、

 よりおぞましい混沌を生み出したのだ。


 そういうことだったのか。


 秘宝クロノポイントは、願いを叶える。


 それは決して、

 願った者を幸福にするためのものではない。


 時間さえ統べるその化け物は、

 ただ残酷に運命を方向づけ、

 回避したはずの結末へ、

 願った者を再び追い込む。


 一つの歴史の危機を乗り越えるたび、

 悪意そのもののように、

 次なる危機を生み落とす。


 変えられたはずの結末へ、

 再び歴史の帳尻を合わせるために。


 ノーマンの世界の全てであるエルシア・ループライトを、

 死という絶対の終着へ連れ戻すために。


「そんなのってないだろ……!!」


 それは、かつての参謀としての声でも、

 剣豪執事としての声でもなかった。


 ただ一人の、怯えた少年の叫びだった。


 ノーマンは頭を抱え、

 砂の上に蹲った。

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