【十四】-2 約束
「やる気十分ですね」
行商人親子を見送り、手を振るノーマンを、
エルシアは横目でじっと見ていた。
そのことに気づいて視線を合わせると、
くすぐったそうにノーマンの視線から逃げる。
「どうしたんですか?」
「ノーマンが最近、積極的」
「何がです?」
「ふふん、とぼけるのが上手い。
ヒントは、最初の文字がパで、最後の文字もパ」
「パパ? リチャード様が何か?」
「またまたぁ。ひゅーい」
手を掲げ、
ハイタッチを求めてくるエルシア。
風邪を引いたように頬が赤い。
だが、憔悴しているようではない。
むしろ、元気を持て余しているようにさえ見える。
あまりにも様子が妙だった。
奇声とセットで絡んでくるようなタイプではなかったはずだ。
以前より明るくなっただけかもしれない。
何より、エルシアが楽しそうにしている。
その事実を前にすれば、
少しくらい様子が違っていたところで、問い詰める気にはなれなかった。
「ここだけでいいから、父をパパって呼んでみて」
「なぜ?」
「んもう、言わせたがりなんだから……」
「とにかく、もう帰りますよ」
「わたしがいい子にしたら、百日後に結婚するって断言したくせに」
「言ってねえ! いや、言ってないですよ!?」
バイクのエンジンをかけ、
その調子を確かめながら大声で否定した。
やられた。
リチャードが、完全に外堀を埋めようとしている。
“前向きに検討する”と言ったその場しのぎの言葉が、
そう歪められるとは。
「大丈夫。本心はわかってる」
ノーマンの後ろに跨り、
エルシアが腰を強く掴む。
「ノーマンは、わたしのことが大好き」
「なぜ、確信できるんです?」
「病気を治して、いつも一緒に遊んでくれて、お父さんとも仲良し。
間違いない。全部、わたしのため」
「くっ……!」
否定できないことばかり言われ、
ノーマンは口を噤む。
どうして、こんなところにだけ恐ろしい鋭さを発揮するのか。
「それに、わたしもノーマンのことが大好き」
背中に触れる確かな体温がある。
腰に回された細い腕がある。
前の歴史では、二度と得られなかったものだ。
ノーマンの口元が、
自分でも気づかないほどわずかに緩む。
気を抜いている。
いや、気を抜きたがっているのだ。
こんな時こそ忍法で心を凪にするべきなのに、
弱い理性が、まだこの温かな幸福にまどろみたがっていた。
これ以上口を開くのをやめて、
無言のまま走り出す。
バイクを走らせると、
チニス側からマグリバの領域へと入り、
道沿いには二人で壊した骸獣の残骸が転がり始める。
「骸獣もモヒカンも、だいぶ減った」
「…………お嬢様が頑張りましたからね」
無視したかったが、
できずに返事をしてしまう。
人生の指針は決まった。
しかし、玉座へ至るまでに、
どれほどの道のりが待ち受けていることか。
取り敢えずは、もっと人材が欲しい。
それも、隊を組み、
ノーマンやエルシアのように討伐と駆除をこなせる、
組織立った戦力となり得る人数が必要だった。
マグリバでは、どうしても何もかもがループライト家に一任されており、
新たな人材を育てるだけの時間的余裕がない。
チニスのように、
ある程度まで基盤が出来上がっている場所から、
組織を広げていくしかないだろう。
それにさえ、どれほどの時間がかかることか。
一歩一歩、積み上げるしかない。
「何あれ?」
砂地に連なる奇妙な足跡を、
エルシアが指さした。
停車し、ノーマンが直接近づいて確かめても、
よくある骸獣の足跡にしか見えない。
だが、並び方がおかしい。
四足獣の足跡に似てはいる。
一つ一つが深く、一定の間隔で地面を抉っていた。
骸獣の足跡であれば見られるはずの、
蛇行も、歩幅の乱れも一切ない。
四本の脚が、まるで一台の機械のように、
正確な間隔で地面を穿っている。
これは、骸獣の歩みではない。
人の意思で制御された機械の進み方に近い。
エルシアに答えを聞こうと振り仰ぐ。
「お嬢様は、どうお考えですか?」
「………………え?」
しばしの沈黙の後、
エルシアは初めて声に気づいたように首を傾げた。
その瞳に、白色の刃の残像が濃くよぎる。




