【十一】-1 割れた神秘性
【十一】
剣邪。
突如として現れ、異常な猛威を振るって何もかもを蹂躙してきたもの。
たったひとりで全生命を斬ったもの。
それが、こうして膝を屈してノーマンを見上げている。
血を流す己が信じられないと言わんばかりの、動揺に震えた双眸で。
信じられないだろう。
己が斬られたという事実が。
「それは……その影は……!?」
「だから口寄せの術だ」
もちろん違う。
ノーマンもこれが何なのかは知る由もない。
だが、知ったふりをする。
それだけで向こうはこちらが使いこなしていると警戒するに違いない。
「貴様は何を知っている……!
私が何者かわかるのか!?」
血を流したことで、人間味がいたく増したように見える。
純白に赤が混じったそれは、
斬撃を司る絶対者ではなく、
今はただの生き物にしか思えなかった。
「知っている」
ブラフだ。
シンプルに言えば、嘘だ。
だが、それに引っかかればしめたものだ。
こちらに圧倒的に足りないのは、この者への情報だ。
「私は何者だ?」
「お前は自分を何だと認識している」
「……白い殻。
凹凸のない場所。
足音。
駆け寄ってくる子どもの声。
それから、頭の中に命令があった。
“斬れ”と」
「それに従っていたんだな。
俺と同類というわけだ」
「やはりそうか……」
適当なことを言っただけで、
相手は納得した。
敵に斬撃を通し、
心に動揺をもたらしたことで、
絶対者と恐れられていた"何か"の人格がようやく見えた。
この者がどこから来たのかも、やっとわかってきた。
造られた存在、という説が当たっていたようだ。
人間、または骸獣のような機械。
どちらにしても正体も悩みも見えれば、
もはや相手の首輪に指をかけたも同然。
前の歴史では現象めいていた神秘性、超常性。
そこに無数のヒビが刻まれていくかのようだった。
剣邪が出たらそこが世界の中心に見えたのが、今や周囲の状況も意識する余裕が出てきた。
「それで、まだ続けるつもりか?
我が忍法・口寄せの術は──」
「嘘をつくな」
背後のノーマンの血骸で形成された剣士は、未だ消えていない。
不快感を露わにして、剣邪がそれを睨みつけた。
「それは忍術とやらではない」
「だが俺は忍者だ」
「私と同じ、斬った者の力を取り込み、
屍として取り込み、己のものにする性質を持っている。
お前はそれを外部に出力しているだけだ」
「お前にはそう見えるのか……忍法を知らないと、
こんなこともお前だけの特別な力と誤解するんだな」
完全な嘘だ。
しかし、相手にはそれを確信する術がない。
そしてこれまでの会話から、
ノーマンは剣邪と呼ばれたものが、
“己が何者なのか”に強いコンプレックスがあると見抜いた。
「ふざけるなっ!!」
案の定、激怒した。
居合斬りが放たれた。
今のノーマンにはわかる。
体幹、肩と腰、背骨の動きが異常な精密さで駆動している。
剣士としての技量そのものが完成形に至っている。
しかも、これでも前の歴史よりはかなり弱い。
これをエルシアに見せられれば、
きっと彼女の成長の糧になるだろう。
現実逃避をしているのではない。
相手を俯瞰する余裕が、冷静さができている。
だから、冷静に対処することだって可能になる。
「行け」
“斬れ”と意志を込めた。
その通りに剣を振るって、剣戟を演じる。
どうやって出たのかは、まだ真には掴めない。
だが、この赤い騎士が出ている限りは、
かつての己の似姿を取って、思い通りに動いてくれる。
「どれだけを斬った?
最初は不意を打たれたが。
貴様の技はすでに見切り始めている」
事実だ。
互角に見えたのは最初の打ち合い十合まで。
それ以降は、
巡礼者と名付けた影が斬られることが増えている。
幸い、こちらにダメージはないが、
あまりに斬られたら形を保てなくなるだろう。
そのことはおくびにも出さず、
ノーマンは何でもないことのように答えた。
「一人も斬っていない。
刃には嫌われていてね」
「……何? かはっ!?」
剣邪の鼻っ柱にトマホークが直撃した。
当たるわけもない攻撃。
予想外のことに気を取られきっていたことで、
こちらの投擲がまともに当たった。
かつての歴史でも、最後の急襲は効いた。
この者の精神は普通と同じなのだ。
激していれば、容易く足元を掬われる。
「何のつもりだ……!
この力、声があって一人も斬らないなど!!」
「俺に必要なのはそれじゃないからだ」
ここで勝負を決める。
剣戟を通してわかったが、
この力は真っ向勝負をするにも限界がある。
人ならざる力で、かつてのノーマンの剣を再現。
それだけでは、無数の犠牲者を取り込んでいる剣邪の力に到底並べない。
相手の弱みを握って揺さぶるのが通用している今、
斬らなければ間違いなく厄介なことになる。
「決着をつけてやろう。
お前の剣士ごっこは無意味だと教えてやる。
時代は忍者なんだ。お前にはそれを知る機会もなかったようだが……
頭の声とやらがそんなに怖かったか?
殻から出たばかりの捨て子が」
「殺してやる!」




