【十】-3 知っている
足りない。
この手では。
この腕では。
この肉体では、まだ剣豪執事ではない。
せめて、この手に剣が、
かつて剣豪と呼ばれたほどの腕前に至った
あの未来の肉体と技術があれば──!
鋼鉄の信条。
戦火に、暴力に何度焼かれて打たれても。
持たざる側として虐げられても……
より強く硬くなるのがループライトの教え。
奪われた。
焼かれた。
斬られた。
歴史一つごと斬り伏せられ、
地を舐めたのだ。
それでも、鋼鉄は折れない。
折れても、打ち直せる。
ループライトがくれたものは、そういうものだった。
それを真実と、信じている。
身体に流れる屍肉喰らいの汚れた血。
だが、血を流す肉体にも、鋼鉄の信条は宿る。
《血骸》を使うための自己暗示では足りない。
頭で考えるな。
策ではない。
技でもない。
もっと深く潜れ。
己の真の根源に。
何があっても、ただ一人、彼女のことは……。
「お前を……!」
肉体の限界を超えた強欲な思惟が、
物理の法則の外の出来事として動いた。
その腕は、剣を持って、
剣邪の居合の軌跡をなぞって横一文字に。
「斬!」
金属音が弾けた。
ありえないことが起きた。
真紅の外套めいた血骸の闘気。
それが、別の形を取っていた。
真紅の外套、
剣を構えた大人の男の姿。
知らぬ人影。
だが、その背中を、ノーマンは知っていた。
いつか届くはずだった、自分の背中だ。
知らぬ人影が、誰よりも知っている太刀筋で、剣邪を斬った。
初めて胸から出血した、
かつて世界の命すべてを滅ぼしたものは、
信じられない出来事を眼にしたと、瞠目した眼が語っていた。
ありえぬ純白の衣を、真っ赤な血が汚していた。
深手を与えたのだ。今、ノーマンが。
「馬鹿な……!」
膝をついた剣邪が、
呆然と呟く。
「お前は、いったい──」
「知らん。いや知ってる。教えてやる」
血の外套が騎士の形を取って、
剣を握れない少年の代わりに血の真剣を突きつける。
これは、自分であり、自分ではない。
時を遡るために己が差し出した代償が、
“斬る”形となったもの。
「千赤忍法・口寄せの術──血骸の巡礼者」




