【十】-2 あんな化物に
こちらの指示を完全に無視して、
グランテイマーが単騎駆けをした。
馬鹿げている。勝ち目があるわけがない。
しかも、向こうをいたずらに強くさせるだけ。
せっかく手に入れた手駒なのに、こんな無意味な形で消費してしまうのか。
「馬鹿野郎が!」
ノーマンが悪態をつく。
それは怒りだったのか。
損失への苛立ちだったのか。
領主として愚直に死へ向かう男への嫌悪だったのか。
息子の前で死にゆく父親というものへの憤りだったのか。
ノーマン自身にも判別できない。
グランテイマーはあっけなく逆袈裟に胴体を切断され、
力なく崩れ落ちて大地に転がった。
相手は、空間を斬って擬似的な空間跳躍を成している。
前の歴史ではやらなかった技だ。
「父上……何なんだあいつは!?」
パトリックが半狂乱に叫んだ。
前の時代から、数え切れないほどに唱えられた問いかけだった。
一説によれば、骸獣が生み出した人造生命体、
文明が崩壊した世界で生まれた新人類、
どこか秘境からやってきた未知なる者。
「答えは誰も知らない。
わかっていることは、奴は“斬る”ということの全てを成せるということだ」
パトリックは父の死体へ駆け出しかけた。
だが、踏み出した足を土に噛ませて止めた。
泣き叫ぶ子どもを抱えた兵士が、崩れかけた車両のそばで立ち往生している。
パトリックは歯を食いしばり、そちらへ走った。
父親ではなく、民を選んだ。
よい判断だ。
それでこそパトリックだ。
「来た!!」
悲鳴めいた絶叫。
剣邪がグランテイマーの死体を越えて、
急接近してきた。
白い服には、砂埃一つ付いていない。
たった今、人を斬ったというのに、血の赤すら似合わないほど白かった。
「血骸!」
ずっと発動していたものの、さらに先の領域。
血流速度のさらなる上昇、
常人の動きなら止まって見えるほどの情報処理速度の強化。
それによって先手必勝を仕掛けた。
この速度領域なら、
相手の動きの起こりもギリギリで掴めるはず。
剣邪が刀を鞘から走らせた。
居合斬りだ。
攻撃の起こりはわかった。
だが、そこから行動の達成までがあまりに速い。
せっかく重ねがけをしたのに、
これでは自分が比較的ゆっくり斬られるのを知覚するだけだ。
そして、すでに攻撃の動きを出しているので、
軌道修正もできない。
パトリックの加勢があってもどうにかなる差ではなく、
そうでなくとも彼は領民の防衛にまわっている。
その判断だけは、確かに救いだった。
ノーマンもろともの無駄死にはせずにいられる。
何がどうなったとしても、
どうしようもないハッキリとした事実として、
ノーマンの攻撃よりも先に剣邪の斬撃が来るだろう。
万事休すだ。諦め、絶望がノーマンに瞼を下ろさせようとした。
────針の穴ほどの大きさに見える、遥か彼方、見逃すはずもない薄青空色の髪が煌めいた。
遥か遠く。だが、ノーマンが見落とすわけがない。
あの色だけは、世界が滅びても見間違えない。
エルシアがそこにいる。
何故か、ノーマンが囮となって逃がしたはずの彼女が、追いかけてきたのだ。
なんということだ。
ノーマンの心臓が早鐘のように激しく脈打つ。
ここで死んだらエルシアが標的になる。
それは、それだけは駄目だ。ノーマンがノーマンに叫ぶ。
時間を遡り、そしてまた戦おうと、
狂ったような研鑽を積もうとしたのは、
すべてエルシアのためだ。
モヒカンの息子という穢れた身の上で野垂れ死ぬ定めだった少年に、
全てを差し伸べ、絶対的に美しい姿を見せた彼女。
屍肉を漁るスカベンジャーの子供が初めて見つけた、絶対に手放したくない最高の宝物。
エルシア・ループライト、彼女のためなら…………。
──俺の世界の全てを……あんな化物に。




