【八】-2 ボス撃破
奇妙な笑い声をあげ、
ボスモヒカン、モーカギュウは牛の皮に見立てた布を剥いだ。
直径五メートルの布に覆われていたのは、
大型バイクと、その上に積み重なったモヒカンの山。
複雑な構造で積み上がったそれは、
牛の絵が描かれた布がなくとも、
牛そのもののシルエットをしていた。
「…………移動するバイクの上で牛の組体操をするとは」
見事な統率力にノーマンも感心した。
グランテイマーが屈服していただけはある。
だが、それだけだ。牛の形に人を積み上げられるからと言って、
それが世の中を生きるのに、何の役に立つというのか。
「さあ、行け!
我が子牛たちよ」
「ンモー!!」
次々に牛の鳴き声とともに、
突進してくる。
数は二十。
二振りのトマホークを掌中でくるくる回し、
握りを確かめる。
一人、また一人と投げナイフが額に刺さって倒れるモヒカンたち。
ノーマンが処理すべき相手は三名。
片腕で、腰、肩、腕の動きをしならせながら円を描く。
小柄な身体と非力さを補うため、ノーマンは力を正面からぶつけない。
腰、肩、腕、足運び。
すべてを回転に変え、刃の重さだけを急所へ運ぶ。
筋力ではなく、角度と重さと速度で殺す。
忍者修行を通して、あらゆる武器の重心と殺し方を身体に叩き込まれていたことが幸いした。
空振りに見せた円の外側で、
もう一方のトマホークが相手の頭蓋を割った。
次に相手の脛を砕き、
体重を崩した所に相手の喉仏を足裏で踏み潰す。
潰れた湿った鳴き声をあげて藻掻くモヒカンを他所に、
最後の一人の振り下ろす剣をトマホークで挟み、
捻りを入れて相手から奪う。
敵が反射的に奪われた剣を拾おうとする中で、
背後に回り込み、遠心力を乗せた斧をモヒカンの首に叩き込んだ。
振り子の軌道が、潰れた刃をギロチンに変える。
万全の角度と速度があれば、
モヒカンの首を飛ばすことはできた。
「だいぶ習熟が進んでいるな」
エルシアが片付けた人数よりもずっと少なく、
時間もかかっているが、
それでも進歩は感じられる。
骸獣やパトリックとの戦いを通して、
こちらの経験値を積み上げられた。
「これなら十人は同ペースでやれるな」
そう言っているうちに、すでにモーカギュウとエルシアの戦いが始まっていた。
鋼の筋肉を分厚い贅肉が覆っているタイプだ。
エルシアの気まぐれファッションがハズレを引いている。
「カウカウカウッ!」
鼻輪を揺らして獰猛に笑うボスモヒカン。
投げナイフでは、どれだけ投げても、
肉の下の内臓や血管に届かず、致命傷にならない。
急所を腕で隠しているとなおさらだ。
「牛暴威流突進!」
「おっ」
向こうが奥義を繰り出すと分かり、
ナイフを山ほど投擲する。
しかし、どれだけ投げても相手の皮膚を貫けない。
エルシアが半歩、横に滑った。
モーカギュウの突進が、丘の斜面を抉った。
直径二メートルほどの穴が穿たれ、
土と石が牛の角に巻き上げられる。
遅れて、地面に裂け目が走った。
「カウカウッ!
小娘にしては腕自慢のようだが、
かつて地上にいた水牛は分厚い皮膚でピストルも弾いたというッ!!」
「世の中は広い……このままじゃマズイと思ったの初めて。
当たりのモヒカンっているんだ」
「当たり!? 超高級と言え!」
「本気を出す──刀魂抜粋」
散乱しているナイフ十三枚を束にし、裏拳を放つ動きで、
一度にすべてを投げつけた。
綺麗な縦列で進む十三のナイフ。
「ナイフなんぞ俺にはミルクだぜえっ!」
先頭がモーカギュウの腕に刺さり、
二枚目は先頭の柄頭に垂直に刺さる。
三枚目、四枚目と一糸の乱れもなくそれは続く。
「カウカウカウッ……カッ、カウバァ~~!」
十三枚のナイフによる連続推進。
後続の刃が杭打ちのように先頭を押し込み、
庇った腕ごと、モーカギュウの額を貫いた。
これがエルシア・ループライトの最大の特技。
一晩振るって踊れば達人になれる。
そうでなくとも刀の本質に耳を澄まし、掴んで引き出すことで、
最適かつ最高の動きと威力を叩き出すことができる。
まさに剣聖になるべくして生まれたような人だ。
「お疲れ様です」
タオルを手渡すと、
エルシアは顔を拭き、首を拭き、
それからノーマンに押し返した。
「背中拭いて」
「はいはい」
とにかくこれでチニスへの遠征は成功だ。
領民を脅かす原因も取り除いたとなれば、
人々もマグリバへの信頼を盤石なものにするだろう。
パトリックに何が起きてああなったのかは分からずじまいだが、
大きな出来事が起きるとしても、
それはまだ先のはず。
荒野には似つかわしくない長閑な思考をしていると、
拭かれるがままのエルシアが力なく崩れ落ちた。
「お嬢様?」
気持ちよすぎて眠ったのかと思った。
だが違う。
全身は弛緩していない。
緊張のあまり強張り、浅く荒い息を繰り返している。
そのことの意味を理解する前に、
遅れて、周囲の気配そのものが変わっていることに気づいた。
空気から「生命」の余韻が消えていた。
乾いた大地を吹き抜ける風さえも、怯えて息を潜めている錯覚がした。
「なんだ。先に喰われたのか」
言葉ほどの落胆はない、事実を呟いただけ。
エルシアでもノーマンでもモーカギュウでも、
モヒカンのものでもない、第三者の声。
気配はなかった。そこに、突如現れた謎の存在。
その存在を前にして、
ノーマンの指が勝手に震えた。
頭が締め付けられたように働かなくなり、
目と耳と口が、役目を忘れたかのように固まった。
ついさっきまで騒がしかった
モヒカンたちの死体さえ、
意識の片隅にも入らなくなった。
無造作に手にした剣。
無造作に伸ばした白髪。
荒野なのに砂埃ひとつない、純白の、異常な清潔さを持った着流しと袴。
「剣邪……!」
白きものがようやくノーマンを見た。
それまで、こちらの存在を認識さえしていなかったのだ。
「誰だ?」
前の時代、
時を遡る元凶そのものが、
冗談のようにそこに立っていた。




