【七】-3 違う
「パトリック」
「御見逸れいたしました。
僕を軽々と圧倒した実力、
何かに乗っ取られ、埒外の力に目覚めても、殺さず御する器の大きさ。
僕がこれまで信じてきたもの全てを変えるものでした」
顔を上げずに、言い切るその様は、
昨日までの愚か者とは別人だった。
相手の心の動きの全てを理解し、推し量ることはできないが、
ノーマンとの戦いが、確かにこの男を変えたようだ。
「僕を弟子にしてください。お願いします」
パトリックはノーマンにそう乞い願う。
執事に、人間櫓でふんぞり返っていた男が、必死に頼んでいる。
昔のパトリックに近づいたような気はする。
……近づいたからこそ、違いが浮き彫りになる。
──参謀殿。修練に付き合ってもらえますか。俺が勝ったら、褒めてくださいよ。
ノーマンの知る気高き戦友は、参謀に土下座などしなかった。
エルシアも、パトリックも、
時間を巻き戻して生きてほしいと願った人達が、
生きる方へ向かうたび、死んだ時間の人物から離れていく。
覚悟していたことだ。
いつかは、突きつけられることがあると思っていた。
だが、いざ直面すると、
内側から空虚なものがじわじわと膨らみ、止まろうとしない。
──だが、計画通りだ。
かつての戦友、かけがえのない対等な友を失った代わりに、
絶対の恐怖と恩義で縛り付けた『便利な犬』を手に入れたのだ。
しかも、これからいくらでも屈強に仕立て上げられる。
悪徳軍師の策謀による戦果としては、むしろこちらの方が上等だ。
「弟子なんて駄目。
ノーマンは私と遊ぶの。
その人にあげる時間、ない」
エルシアが腕を掴んで、自分の方に強引に引き寄せる。
ノーマンはあまり目を合わせないようにしていたが、
感触だけで、腕にかなり強い力がこもっているのが伝わる。
「申し訳ない。恋仲でしたか」
「これからお前が生きて、俺達の前に現れるなら、一つだけ覚えておけ。
二度と、俺に関する色恋沙汰を指摘するなよ」
「なぜ?」
「頭が悪くなるからだ」
「はっ?」
領主による先史文明教育、
師匠による忍びの教育。
どちらにもあったのが、「恋には気をつけろ」だ。
相手への特別な慕情を自覚すれば、
参謀として、忍びとしての思考が決定的に鈍くなる。
だから、ノーマンは常に、
エルシアとの関係性や、周囲からの見え方を意識から外してきた。
見ない、考えない、気持ちに名をつけない。
そうしていれば、頭と身体は動き続ける。
「どうして頭が悪くなるの?」
何もわかっていないエルシアがノーマンの顔を覗き込む。
その無垢で残酷な眼から逃れようと顔を背ける。
「まあそれは置いておいて、覚えておけということだ。
あと、俺は元から弟子は取らない」
「弟子になっていいよ。
ノーマン、この人のししょーになって」
「何故?」
「この人がいると、ノーマン、わたしのことでドキドキしてる」
「してませんよ」
「弟子をたくさん作ったら、もっとドキドキすると思う」
「俺の心臓はそういう仕組みじゃないです」
「試す価値はある」
そう断言するエルシアに、
ノーマンは何故か、かつての彼女との最期の会話を思い出した。
「女も男も全て手に入れろって言いたいんですか?」
「それでみんなに”あいつらデキてるぜー”って言われたら、
ノーマンもきっと…………ワオ。わたし、天才」
一人で勝手にこちらの人生方針と人間関係の目標を決めた上に、
それによってどうなるかも妄想を走らせて完結している。
「万が一にも俺にそんな気持ち悪い一団ができたら、
絶対にお嬢様には近づけませんけどね。
まあ、いい。喜べ、パトリック。お嬢様の命令だ。弟子にしてやる」
「あ、ありがとうございます!」
こうしてノーマン・ロストは、
かつての戦友ではない男を、
かつての戦友より便利な駒として迎え入れた。
「だが、怪我をしているから、今はここで休んでいろ。
ついてきたら、俺達は容赦なく見殺しにするぞ」
「は、はい……」
従順な返事。
ノーマンの知る彼とは違う。
違っていて当然だった。




