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第三話 日常の終わりと、黒猫の告白 パート1

第三章 秘密の部屋と月響の鈴


第三話 日常の終わりと、黒猫の告白


パート1




翌朝。銀葉ぎんようの森は、雨上がりのみずみずしい空気に包まれていた。

木々の葉からこぼれ落ちる雫が、朝日にきらめき、小鳥たちのさえずりが遠くから聞こえてくる。


開店前の猫カフェ「ルナ」の店内は、いつもの穏やかな朝の空気に満ちていた。

キッチンからは、レオンが焼いているスコーンの甘く香ばしい香りが漂ってくる。フロアでは、エリアが「よいしょ、よいしょ」と小さな声を漏らしながら、一生懸命にテーブルを拭いていた。


マロンは日当たりの良い窓辺で大あくびをし、ニケはクッションの上でまだ丸くなっている。


何も変わらない、優しくて愛おしい日常の風景だった。

――しかし、今日でこの「ただの日常」は終わる。終わらせなければ、ならない。


ルナは静かに息を吸い込み、しなやかな動きでカウンターの上に飛び乗った。

そして、スコーンが焼き上がるのを待っていたレオンと、テーブルを拭き終えて、ほっと息をついていたエリアの二人を、まっすぐに見つめた。


(……すまない。お前たちを、巻き込む)


ルナは心の中で短く詫び、これまで決して彼らの前では使わなかった力――思念の糸を紡いだ。


『――レオン、エリア。少し手を止めて、我の言葉を聞け』


店内に声が響いたわけではない。

しかしその声は、冷たい泉のように澄んだ、威厳ある響きとなって、二人の意識へ直接届いた。


「ひゃっ!?」


エリアが短い悲鳴を上げ、手に持っていた布巾をぽすんと床に落とした。

彼女は目をぱちぱちさせながら、周囲をきょろきょろと見回す。


「え、えっ!? だ、誰!? 今、頭の中に、直接すごい声が響いたんだけど……っ!」

『ここだ、破壊の少女よ。足元を見るな。我はカウンターの上にいる』

「えっ……まさか、ルナちゃん!?」


エリアは信じられないといった様子で、琥珀色の瞳を丸くして、黒猫を指差した。

人間が猫を相手に目を丸くするのも、無理はない。ルナはいつも「にゃあ」とすら滅多に鳴かない、ただ静かなだけの猫に見えていたのだから。


しかし、もう一人の反応は違った。


レオンは粉のついた手を青いエプロンでゆっくり拭うと、驚いて叫ぶこともなく、ただ深く優しい微笑みを浮かべた。


「……やっぱり。君はただの猫じゃないって、ずっと前から思ってたよ」


その声には恐怖も戸惑いもなく、まるで長年の友人から、ようやく秘密を打ち明けられたような、穏やかな響きがあった。


『……調律の青年よ。お前には、とっくに見透かされていたか』

「なんとなくね。君の足音には、いつもすごく古い時間の音が混じっていたからね」


レオンの静かな受容に、ルナは小さく息を吐いた。

本当に、この青年の『調律』の力は底が知れぬ。


ルナは姿勢を正し、金色の瞳に強い光を宿した。


『我はルナ。古代より、この場所――「月の聖域」を守り続けてきた者だ。今日、お前たちに真実を明かしたのは、他でもない』


ちりん。

首元の青い首輪についた銀の鈴が、意思を持つかのように、小さな音を立てる。

その瞬間、店内の空気がピンと張り詰めた。


『この森に、いや、世界に――「黒い月」が迫っている。世界律を崩壊させる悲しみの泥水――ノクスが、目覚めようとしているのだ』


日常の猫カフェは、世界の危機へと繋がっていた。

森の奥の小さな隠れ家で、黒猫の孤独な告白が始まった。

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