第二話 満月の夜と、隠された階段 パート4
第二章 黒猫の予言
第二話 満月の夜と、隠された階段
パート4
「あの二人は、巻き込めない」
ルナが絞り出すようにこぼした弱音を聞いて、白竜アルカディアは、深く慈しむような目を向けた。
「……お前は優しいな、ルナ。古代より続く守護者の誰よりも、ずっと人間くさい」
「褒め言葉には聞こえんな」
ルナは顔を背け、揺れる尻尾を、前足で押さえつけた。
レオンは他人の痛みを引き受けることには長けている。けれど彼自身もまた、癒えない傷を抱えていた。エリアに至っては、自分の持つ『破壊の力』を恐れ、カップを一つ割るたびに泣きそうな顔をする、ただの少女だった。
彼らを、神話の時代の残滓である『ノクス』と対峙させるなど、あってはならなかった。
「我ひとりで結界を張り直す。ノクスの影が森へ近づく前に、この爪と牙で、必ず……」
「やめるのだ、ルナ。それは守護ではない。ただの自己犠牲だ」
アルカディアの静かで、しかし確かな威厳を帯びた声が、ルナの言葉を遮った。
巨大な白竜はゆっくりと首をもたげ、はるか頭上の暗闇――地上へと視線を向けた。
「昼間、お前の鈴が鳴った意味を理解しているはずだ。ノクスの目覚めは、もはや一つの聖域の力で抑え込めるものではない。……月の聖域の結界だけでは、もう世界律の崩壊を止められぬのだ」
その宣告は、ひんやりとした地下神殿の空気を、さらに冷たく凍らせた。
ルナの小さな体が、びくりと震える。
分かっている。そんなことは、とうに分かっている。自分一人の力では、遠からずあのカフェの日常も、森ごと闇に呑まれてしまうと。
「調律の青年と、破壊の少女。彼らの力なくして、これから来る世界の嵐は越えられない」
「……」
「開くときが来たのだ。あの小さなカフェの奥深く、お前がずっと閉ざしてきた『秘密の部屋』を」
秘密の部屋。
その言葉を聞いた瞬間、ルナの金色の瞳が揺れた。
そこに眠るのは、古代の遺物『月響の鈴』。世界の心を救うための唯一の鍵であり、同時に、封じられた過去の痛みと向き合うための扉だ。
あの部屋を開ければ、もう、ただの「温かい猫カフェ」には戻れない。
長い沈黙が、二人の間に落ちた。
やがて、ルナはゆっくりと立ち上がり、鏡のように静かな記憶の泉へ背を向けた。
「……老竜よ。お前たちが残した後悔は、ひどく重いな」
「ああ。すまない、小さき守護者よ」
「謝るな。我は、我が愛する場所を守る。それだけだ」
振り返ることなく言い残し、黒猫は再び、白い石の階段へ足を乗せた。
一人で抱え込む時間は、終わったのだ。
明日、太陽が昇ったら、彼女は二人に真実を告げなければならない。世界の危機と、この店に隠された本当の秘密を。
地上へ続く階段を上るルナの首元で、青い首輪の鈴が、ちりん、と静かな覚悟の音を立てた。




