第二話 満月の夜と、隠された階段 パート2
第二章 黒猫の予言
第二話 満月の夜と、隠された階段
パート2
白い石の階段を下りきると、地上の小さなカフェからは想像もつかないほど、広大な空間が広がっていた。
そこは、古代文明アルテミアが残した『白竜の聖域』。世界の歴史と記憶を今も静かに抱き続ける場所だった。
壁面には無数の古代碑文が刻まれ、かすかな青白い光を放っていた。空間の中央には澄み切った水を湛えた『記憶の泉』があり、水面は鏡のように静まり返っていた。
その泉のほとりに、雪山のような巨大な白い影が横たわっていた。
純白の鱗と巨大な翼。古代文明アルテミアの守護竜であり、ルナの師匠でもある白竜アルカディアだ。
深く長い眠りについていた彼は、ルナの足音――いや、彼女がまとう世界律の響きを感じ取ったのか、ゆっくりと巨大な瞼を開いた。
「……よく来たな、小さき守護者よ」
神殿の空気を震わせるような、低く重みのある声だった。けれど、そこに威圧感はない。長く生きた者だけが持つ、温厚で深い優しさが滲んでいた。
アルカディアの透き通るような瞳が、ルナをまっすぐに見下ろす。
「夜分に騒がせてすまぬ、アルカディア」
ルナは泉のふちにちょこんと座り、師を見上げた。
地上にいるときの「気まぐれな看板猫」としての気配は、ここには一切なかった。アルカディアと話すときだけ、彼女の猫らしい仕草は影を潜め、一人の「守護者」としての顔をのぞかせる。
「お前がこの時間にここへ来るのは珍しい。上の様子はどうだ? 調律の青年と、破壊の少女は健やかにしているか」
アルカディアは、ルナが抱えている張り詰めた空気を察しながらも、あえて穏やかな日常の問いを投げかけた。
その師の心遣いに、ルナは少しだけ肩の力を抜き、目を伏せた。
「……相変わらずだ。レオンは自分の痛みに鈍く、エリアはすぐ物を壊す。人間というのは、つくづく手のかかる生き物だ」
「ふふ、そう言うわりに、お前の響きはどこか嬉しそうだがな」
図星を突かれ、ルナはぴたりと動きを止めた。
「……からかうな、老竜」
ルナが少しだけ不満げに文句を言うと、アルカディアは喉の奥で、くぐもった笑い声を漏らした。
この巨大な白竜の前でだけは、ルナもまた、すべてを一人で抱え込む守護者ではなく、ただの弟子でいられた。
だが、その和やかな空気は長くは続かなかった。
アルカディアの瞳が、ルナの首元――普段は決して鳴ることのないはずの小さな銀の鈴へと向けられた。
「……それで? 今日はただの世間話をしに来たわけではあるまい。お前がまとう響きが、ひどく張り詰めている」
すべてを見透かすようなアルカディアの言葉に、ルナは再び姿勢を正した。
金色の瞳の奥に、昼間見た「黒い月」の予知が鮮明に蘇る。
ルナは一度だけ深く息を吐き、静かに、だがはっきりとした声で告げた。
「ああ。……未来が、また軋んだ」




