第二話 満月の夜と、隠された階段 パート1
第二章 黒猫の予言
第二話 満月の夜と、隠された階段
パート1
その日の営業が終わり、レオンとエリアが帰路についた後、猫カフェ「ルナ」は深い静寂に包まれていた。
窓の外の雨はいつの間にか上がり、雲の切れ間から冷たく冴えわたる満月が顔を出している。
銀色の月光が、深い青のカーテンの隙間から古木の床へ差し込んでいた。
ニケはふかふかのクッションの上で丸くなり、マロンは椅子の上で無防備にお腹を見せて眠っている。他の猫たちも、それぞれの定位置で静かな寝息を立てていた。
昼間の騒がしさが嘘のように、そこには穏やかで優しい夜が満ちていた。
だが、看板猫であるルナだけは、ひとり静かに目を開けていた。
(……刻限か)
ルナは音もなく立ち上がると、しなやかな足取りで店内を横切った。
向かったのは、フロアの隅にある小さな暖炉の前だ。
火の入っていない暗い暖炉は、普段ならただの飾りか、猫たちの隠れんぼの場所にすぎない。
ルナは暖炉の前にちょこんと座り、まっすぐに奥の煉瓦を見つめた。
そして、首元で青く光る首輪の鈴を、たった一度だけ小さく鳴らす。
――チリン。
昼間に共鳴したときとは違う。
世界律の響きへ意図的に干渉する、澄んだ音だった。
その響きに呼応するように、窓から差し込んでいた月光が床を這った。
まるで生き物のように、暖炉の中へ吸い込まれていく。
次の瞬間、暗かったはずの暖炉の奥壁が揺らぎ、淡い光を放つ白い石の階段が、音もなく姿を現した。
それは、古代文明アルテミアが残した『白竜の聖域』へ続く、隠された道だった。
月の守護者であるルナが案内するときだけ開かれる、世界の記憶へ至る扉でもある。
ルナは振り返り、眠りこけている猫たちと、レオンが綺麗に片付けた紅茶の棚を一度だけ見つめた。
温かく、愛おしい日常だった。
しかし今の彼女の瞳に、昼間の「ただの猫」としての甘えは一切なかった。そこにあるのは、世界の均衡を背負う守護者としての、静かで重い覚悟だった。
(この平穏は、我の手で守り抜く)
誰にも頼らない。誰の日常も、壊させはしない。
堅い決意を胸に秘め、黒猫は闇の底へ続く白い階段を、ひとり静かに下り始めた。




