第一話 招かれざる客と、雨の匂い パート4
第一章 森の奥の猫カフェ
第一話 招かれざる客と、雨の匂い
パート4
窓を打つ雨粒の向こう側、薄暗い森の奥深くに、本来そこにあるはずのない影が浮かんでいた。
昼間だというのに、それは空にぽっかりと穴が開いたような、不気味な“黒い月”の形をしていた。
ルナの金色の瞳が、すっと細くなる。
ただの幻ではない。
それは、人の表面には見えない、押し隠された痛みの集積だった。
やがて世界の均衡を崩す、闇の予兆でもある。
(……また、世界が黒くなる)
ルナは心の中で、誰に向けるでもなく静かにつぶやいた。
未来の断片が見えるルナには、これから世界に何が起きるのかが、匂いや影の形を通して本能で理解できた。
この穏やかな世界の律がひどく軋み、やがて悲鳴を上げる。
そんな未来が、すぐそこまで迫っている。
背後を振り返る。
レオンは静かな所作でカウンターを片付け、エリアは割れたカップの破片をちりとりに入れながら、邪魔をするマロンに文句を言っている。
温かくて、騒がしくて、どうしようもなく愛おしい日常。
ルナは、この小さな“月の聖域”を託された、最後の守護者だった。
(人間は本当に面倒だ。だからこそ、見捨てられぬ)
彼女は再び窓の外へと視線を戻し、小さな黒い体を少しだけこわばらせた。
未来を知っているからこそ、この温かい場所を、彼らを、守らなければならない。
ひとりで背負い込もうとする守護者の胸の内に、静かな焦燥が渦を巻いた。
そのときだった。
――チリン。
ルナの首元で、かすかな音が鳴った。
深い青色の首輪についた、小さな銀の鈴。
普段は決して鳴ることのないそれが、世界の律の歪みに共鳴したかのように、一瞬だけ震えた。
誰にも聞こえない、始まりの合図。
森の奥の小さな猫カフェで、世界の秘密を巡る時間が、静かに動き出す。




