表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/51

第九話 黒い霧の強襲と、落ちた黒猫の鈴 パート1

第九話 黒い霧の強襲と、落ちた黒猫の鈴


パート1




ことり。


ティーカップがソーサーへ戻され、ささやかな音を立てた。


雨宿りに訪れた女性の表情は、もうすっかり和らいでいる。両手には湯気の立つカモミールティーのカップがあり、小皿には星形のクッキーがひとつだけ残っていた。


足元では三毛猫のニケが丸くなり、満足げに喉を鳴らしている。


(よかった……)


カウンターの奥でグラスを拭きながら、エリアはほっと胸をなで下ろした。


砂漠の聖域から帰還した、その翌日。


疲れの残る体でもグラスをひとつも割らず、客の笑顔を見ることができた。


(私の力は、もう暴れるだけのものじゃない)


エリアは、自分の内にある『破壊の力』を、ようやく少しだけ信じ始めていた。


この力でも、誰かを守れる。


そう思えた、まさにそのときだった。


――ピキッ。


それまでの穏やかな音を断ち切るように、不吉な亀裂音が店内を走った。


「えっ?」


エリアが顔を上げる。


店の象徴である丸窓に、一本の鋭い亀裂が走っていた。


窓を伝う雨粒が、黒い泥のように濁っている。


その向こうでは、銀葉の森が黒い染みへ呑まれ始めていた。緑も銀色の葉も、端から順に塗り潰されていく。


「うそ、でしょ……?」


エリアの声が震えた。


ひび割れた窓の隙間から、真っ黒な霧がぬるりと染み込んでくる。


床へ落ちた霧は、生き物のようにうごめきながら、店内を這い始めた。


ノクス。


誰にも受け止められなかった悲しみの集合体が、安全なはずの猫カフェの結界を食い破っている。


(どうして……よりによって、今なの!?)


混乱が胸の奥へ押し寄せ、エリアはその場に立ち尽くした。


ようやく、この手で誰かを傷つけずに済んだ。


誰かを笑顔にできた。


なのに、何より守りたかった居場所が、今まさに目の前で壊されようとしている。


「きゃあああっ!」


女性が悲鳴を上げた。


黒い霧の一部が細い腕のように伸び、女性の足首へ絡みつこうとする。


ニケが鋭く毛を逆立て、女性の前へ飛び出した。


「下がって!」


鋭い声とともに、レオンがカウンターを飛び越えた。


深い青色のエプロンのポケットから、ひびの入った銀の音叉を抜き放つ。


――チィンッ!


澄んだ音色が店内を走り、『調律』の波紋が幾重にも広がった。


銀色の波紋が透明な壁となり、女性へ迫っていた黒い霧を寸前で押し留める。


だが、霧は消えなかった。


音に触れた部分だけが一瞬薄れ、すぐに周囲の闇を吸い込むように元の濃さへ戻っていく。


「そんな……『調律』が効いていない?」


レオンの表情から、いつもの穏やかさが消えた。


『させぬぞ、ノクス!』


窓辺からルナが跳躍する。


青銀色の光が小さな黒猫の体から弾け、店内を覆う新たな結界へと変わった。


「ルナちゃん!」


「エリア、お客さんを安全な場所へ!」


額に汗をにじませながら、レオンが叫んだ。


音叉の波紋とルナの結界が重なり、黒い霧を入り口側へ押し返していく。


しかし、霧は床や壁に染みつくように広がり、結界の内側から黒い亀裂を刻み始めた。


みしり。


青銀色の結界が、不吉な音を立てて軋む。


(私にも、何か……!)


エリアは、布手袋に包まれた両手をぎゅっと握り締めた。


怖い。


力を誤れば、守りたい店を自分の手で壊してしまう。


砂漠で力を制御できたからといって、今度もうまくいくとは限らない。


それでも――。


エリアは奥歯を噛み締め、震える膝へ拳を当てた。


背後には、怯える女性とニケがいる。


前には、レオンとルナを押し潰そうとする黒い霧がある。


「この場所だけは……絶対に壊させない!」


エリアは猫カフェを背にし、黒い霧の前へ一歩を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ