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第七話 砂の廃都と、忘れられた祈り パート3

第七話 砂の廃都と、忘れられた祈り


パート3




悲痛な鐘の音を体内に響かせ、巨大な砂の獣が咆哮した。


その巨体が砂を巻き上げ、レオンたちへ猛然と突進してくる。


ゴォォォッ――!


重い地鳴りが、廃都を覆う砂を激しく揺らした。

小屋ほどもある巨体が迫る圧迫感は、先ほどの砂の刃とは比べものにならない。


『エリア、やれ! あの巨体は、我の結界とレオンの音叉だけでは防ぎきれぬ!』


前に立ったルナが、銀色の魔力を放つ。

広げられた光が半透明の盾となり、迫り来る獣の巨体を真正面から受け止めた。


ビキッ、ビキキッ――。


激突の衝撃に、銀の結界へ次々と亀裂が走る。


レオンも銀の音叉を鳴らし、結界を覆う空気の響きを調えようとしていた。

だが、圧倒的な巨体を前に、押し切られるのは時間の問題だった。


「わ、わかってる……!」


エリアは慌てて、両手にはめた布手袋の端を掴んだ。


手袋を外し、獣を包む砂の鎧を壊せばいい。

その奥にあるノクスの核だけを、傷つけずに残すのだ。


ノアを縛っていた泥の鎖を壊したときと同じように。


頭では、わかっている。


けれど――いざ手袋を外そうとすると、指先ががたがたと震え、思うように力が入らなかった。


(どうしよう……。あのときの泥水とは、大きさが全然違う……!)


目の前に迫る砂の獣は、あまりにも巨大だった。


これほどのものに向けて、自分の『破壊』を解き放てば、いったい何が起きるのか。


――もし、力が暴走したら?


――もし抑えきれず、レオンさんやルナちゃんまで巻き込んでしまったら……?


「いや……っ」


本能的な恐怖に、エリアの足がすくんだ。


自分の力が恐ろしい。

また自分のせいで、大切な人たちを傷つけてしまうかもしれない。


その想像が、見えない鎖となって彼女の体を縛りつける。


その震える背中へ、不意に強い声が届いた。


「大丈夫だ、エリア!」


レオンだった。


彼はひびの入った銀の音叉を強く握り、エリアを庇うように一歩前へ出る。


いつもは穏やかな蜂蜜色の瞳に、張り詰めた決意が宿っていた。


「君の力がどれほど大きくても、僕が必ず受け止めて調える」


レオンは音叉を胸の前に掲げ、エリアをまっすぐに見つめた。


「君に、大切なものまで壊させたりしない!」


それは、怯えるエリアへの励ましだった。


けれど、その言葉はどこか、自分自身にも言い聞かせているように響いた。


レオンの瞳の奥で、エリアの知らない古い痛みが、ほんの一瞬だけ揺れる。


(レオンさんが、受け止めてくれる……!)


その言葉に背中を押され、エリアは短く息を呑んだ。


もう、手袋を外している暇はない。


エリアは布に覆われた両手を、迫る砂の獣へ突き出した。


「お願い……壊れてっ!」


だが、本来なら、エリアの『破壊』は素手で触れたものにしか届かない。


距離がある。

手袋も外していない。


それでもレオンは、迷わず音叉を弾いた。


――チィン……!


澄んだ音が、エリアの両手からこぼれた破壊の響きを捉える。


『調律』の一技――『共振』。


レオンはエリアの力を音の波へ乗せ、砂の獣を形作る歪みの核へと導いた。


触れていないはずなのに、触れている。


そんな奇妙な感覚が、エリアの指先へ返ってきた。


「今だ、エリア!」


「うんっ!」


布手袋の内側から、『破壊』の力がほとばしる。


目には見えない亀裂が空気を走り、一直線に砂の獣へ届いた。


――ドンッ!


空気が破裂したような衝撃が、砂漠を駆け抜ける。


破壊の響きは砂の表面を無差別に砕くことなく、レオンの『共振』に導かれ、獣を形作る歪みの核だけを正確に捉えた。


砂の獣の動きが、ぴたりと止まる。


その巨体が、黒いガラスの彫刻のように硬く固まった。


そして――。


パリンッ、と。


乾いた砂漠には似つかわしくない、澄んだ音が響いた。


直後、獣を覆っていた砂の鎧が、無数の光の破片となって砕け散る。


きらきらと舞い上がった破片は、地面へ落ちる前に、ただの砂となって風の中へ溶けていった。


「……え?」


エリアは、自分の両手を呆然と見つめた。


手袋は外れていない。

それなのに、確かに自分の力は獣へ届いた。


一人では決して使えなかった力。


エリアの『破壊』と、レオンの『共振』。

二つの響きが重なったことで生まれた、初めての協力技だった。


『呆けるのはあとだ、エリア!』


ルナの鋭い思念に、エリアははっと顔を上げた。


砕けた砂の中心に、小さな悲しみのもやが漂っている。


その奥からは、なおもかすかな鐘の音が響いていた。


――カァン……。


――カァン……。


そして靄の真下では、古びた銀色の欠片が、砂に半ば埋もれて淡い光を放っていた。

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