第七話 砂の廃都と、忘れられた祈り パート2
第七話 砂の廃都と、忘れられた祈り
パート2
エリアが鐘の音を頼りに、砂へ足を踏み出した――そのときだった。
『――レオン。エリアの右だ』
ルナが耳をぴくりと動かし、冷静な思念を送る。
その一言で、レオンの表情が変わった。
蜂蜜色の瞳から、ひだまりのような穏やかさがすっと消える。
代わりに宿ったのは、研ぎ澄まされた刃のような鋭さだった。
エリアの右手で、砂丘が突然噴き上がった。
巻き上がった砂は意志を持つように渦を巻き、鋭い刃へと形を変える。
そして、彼女の死角から一気に襲いかかった。
「えっ――」
速い。
エリアは悲鳴を上げる間もなく、反射的に目を閉じた。
だが、砂の刃が彼女を切り裂くよりも早く、レオンが動いた。
レオンはエプロンのポケットから、小さな銀の音叉を抜き放つ。
二股に分かれた先端を、指先で鋭く弾いた。
――チィン……。
高く澄み切った音が、熱に揺らぐ砂漠の空気を貫いた。
その響きに呼応し、レオンの『調律』の一技――『共振』が発動する。
音叉から広がった透明な振動が、迫り来る砂の刃の響きを捉えた。
砂の刃が、空中で大きく波打つ。
形を支えていた歪んだ響きがほどけ、鋭い刃は、さらさらとただの砂へ崩れ落ちていった。
「え……?」
何が起きたのか理解できず、エリアは呆然と目を見開いた。
気づけば、その体はレオンの左腕にしっかりと抱き寄せられている。
いつ踏み込んだのかさえ、エリアには見えなかった。
腕の動きにも足運びにも、わずかな迷いすらない。
いつも穏やかに紅茶を淹れている彼からは、想像もつかないほど鋭い動きだった。
「怪我はないかい、エリア」
すぐそばから、いつもと変わらない優しい声が聞こえる。
「は、はい……!」
「よかった」
レオンはエリアを支えたまま、小さく息を吐いた。
けれど、その視線はすでに彼女から離れ、前方へ向けられていた。
「……でも、どうやら歓迎されてはいないみたいだね」
レオンは銀の音叉を握ったまま、静かに砂丘の向こうを見据える。
一度は崩れ落ちた砂が、再び渦を巻き始めていた。
さらさらと流れる砂埃が周囲の砂を呑み込み、次第に大きく膨れ上がっていく。
四本の脚。
鋭く突き出した牙。
風に乱れる鬣のような、黒い靄。
それは、巨大な獣を思わせる、ノクスの影だった。
けれど、獣の奥から響いてくるのは、怒りに満ちた咆哮ではない。
――カァン……。
――カァン……。
誰にも届かぬまま鳴らされ続けた、あの寂しい鐘の音だった。




