表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/52

第七話 砂の廃都と、忘れられた祈り パート1

第二章 旅立ちの朝と白竜の聖域


第七話 砂の廃都と、忘れられた祈り


パート1




――からん、と。


見慣れた真鍮のベルが、いつもよりどこか遠く、澄んだ音を立てて鳴った。


次の瞬間、エリアの視界を覆ったのは、銀葉ぎんようの森の瑞々しい緑ではなかった。


目を焼くような、黄金色の光。


カフェの敷居をまたいだ足が、古木の床ではなく、さらさらとした柔らかなものへ沈み込む。


「うわっ……!?」


慌てて足元を見ると、白っぽい細かな砂が、靴の隙間へ滑り込んでいた。


エリアは思わず振り返った。


そこには、蔦の絡まるカフェの白い壁も、店の目印である丸い窓もない。


ただ、何もない砂の上に、カフェの木の扉だけがぽつんと佇んでいた。


開いた扉の向こうには、いつものカウンターや、棚に並んだティーカップがうっすらと見えている。

けれど、その輪郭は陽炎のように激しく揺らめいていた。


「本当に……扉一枚隔てただけで、別の場所に来ちゃった……」


エリアは琥珀色の瞳を大きく見開き、周囲を見回した。


見渡す限りの砂海。


地平線の彼方まで続く砂の波の中に、白亜の建造物が半ば埋もれている。


かつて宮殿や神殿を支えていた柱は、長い風化に角を削られ、巨人の白骨のように砂の中から突き出ていた。


古代文明アルテミアの遺構の一つ――『砂の聖域』。


じりじりと肌を焼く日差しが、容赦なく降り注いでいる。

乾いた熱風が吹きつけるたび、体から水分まで奪われていくようだった。


雨上がりの森の涼しさに慣れていたエリアは、砂漠の熱気にたちまち息を詰まらせた。


「うぅ、暑い……。砂漠なんて、本の中でしか見たことなかったよ……」


エリアがエプロンの袖で額の汗を拭っていると、すぐ隣から、カチャカチャと軽快な音が聞こえてきた。


あまりにも、この荒れ果てた砂漠には似つかわしくない音だった。


「はい、エリア。まずはこれを飲んで。暑さで倒れたら大変だからね」


レオンが差し出したのは、水滴がびっしりとついたガラスのコップだった。


中では、砕いた氷とともに、目にも鮮やかな緑色の茶が揺れている。

氷の隙間からは、瑞々しいミントの葉が覗いていた。


「えっ……冷たいミントティー!?」


「うん。砂漠の聖域に行くってルナが言うから、急いで用意してきたんだ。自家製のミントをたっぷり使ったお茶を、氷と一緒に魔法瓶へ詰めておいたんだよ」


レオンはそう言って、自分のコップを傾けた。


「うん。冷たくておいしい」


満足そうに目を細めるレオンを見て、エリアは思わず苦笑した。


どれほど過酷な場所へ放り出されても、レオンは少しも揺らぐことなく、『猫カフェのレオン』のままだった。


「あはは……レオンさんってば、本当にどこへ行ってもお茶の時間なんだから」


その変わらない笑顔を見ているうちに、エリアの張り詰めていた肩から、ふっと力が抜けた。


受け取ったコップに口をつける。


はちみつのほのかな甘みと、ミントの鮮烈な清涼感が、熱に火照った喉を心地よく潤していった。


『のんびりとお茶会をしている暇はないぞ、お前たち』


鋭い思念の声が、二人の頭の中に響いた。


先に扉をくぐっていたルナが、流れる砂を踏みしめながら、音もなく二人の前へ歩み出る。


陽光を浴びた金色の瞳は、いつにも増して鋭く輝いていた。

首元の青い鈴も、何かに反応するように、かすかな震えを帯びている。


『聞こえるだろう。この地によどみ続ける、世界律が歪む音が』


ルナの言葉に、エリアとレオンは顔を見合わせた。


二人は口を閉ざし、熱風の向こうへ耳を澄ませる。


風が廃墟の柱の隙間を吹き抜けるたび、ゴォォ……という低い音が砂海を渡っていく。


その地鳴りのような風音の奥から、確かに何かが聞こえていた。


――カァン……。


――カァン……。


ひどく寂しく、今にも消えてしまいそうな、かすれた鐘の音。


それは、置き去りにされた者が、誰にも届かぬまま鳴らし続けた祈りのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ