第六話 はじまりの扉 パート3
第六話 はじまりの扉
パート3
神話の時代から、そのまま抜け出してきたかのような巨大な白竜。
白竜がゆっくりと瞬きをするだけで、地下神殿の空気そのものが、びりびりと震えるようだった。
「ルナよ。この者たちが、お前の言っていた『調律の青年』と『破壊の少女』か」
白竜――アルカディアの低い声が、聖域の奥深くまで響き渡る。
エリアはびくっと肩をすくませ、レオンの背中に隠れるようにして後ずさった。
無理もない。
目の前にいるのは、おとぎ話の中でしか聞いたことのない存在なのだ。
その圧倒的な巨体と威厳を前にすれば、足がすくむのも無理はなかった。
「は、はじめまして……エリア、です」
エリアが消え入りそうな声で、なんとか挨拶をする。
するとアルカディアは、興味深そうに巨大な首を近づけてきた。
透き通るような白銀の瞳が、エリアの姿を映し出す。
「恐れることはない、小さな娘よ。私はただ、古い時代に取り残された残り香にすぎぬ。……それにしても、お前たちはひどく良い匂いがするな」
アルカディアが鼻先をひくつかせた、そのときだった。
「お茶にしますか?」
緊張感のかけらもない、ひだまりのように穏やかな声が響いた。
エリアが驚いて隣を見ると、レオンがいつの間にか手提げのバスケットを開き、魔法瓶とティーカップ、そして朝食に焼いたスコーンを取り出しているところだった。
「えっ? レ、レオンさん、いつの間にそんなものを……!?」
「さっき、ノアのバスケットを用意したついでにね。地下は冷えるって、ルナが言っていたから。温かいダージリンを淹れてきたんだ」
レオンはまるで、野原へピクニックに来たかのような自然な動作で、カップに琥珀色の紅茶を注いでいく。
ふわりと、芳醇で甘い香りが冷たい神殿の空気に溶け込んだ。
『……お前という人間は、本当に……』
ルナが前足で顔を覆い、心底呆れたような思念を送った。
相手は、古代文明を見守ってきた守護竜なのだ。
それなのに、この青年は少しも自分の調子を崩さない。
しかし、アルカディアの反応は、ルナの予想とは違っていた。
巨大な白竜はしばし目を丸くしたあと、喉の奥を鳴らし、くっくっと低く笑い始めたのだ。
「ははは……これは驚いた。私の前に立ち、供物でも祈りでもなく、一杯の茶を差し出した人間など、千年の時の中で初めてだ」
「口に合うといいんですが。少しだけ、はちみつを入れています」
レオンが差し出した小さなカップへ、アルカディアは巨大な鼻先をそっと近づけた。
白竜は飲み物を口にはせず、その香りと、そこに宿る響きを味わうらしい。
「……ああ、良い香りだ。ひどく温かく、優しい響きがする」
アルカディアは目を細め、満足そうに深く息を吐いた。
その穏やかな表情を見ているうちに、エリアの胸を占めていた恐怖も、少しずつ薄れていった。
神話の存在だと思っていたこの白竜も、美味しい紅茶の香りに喜ぶ、温かな心を持った存在なのだ。
「えへへ、スコーンもありますよ! レオンさんが焼いたんです」
「ほう。ならば、ありがたくいただこう」
こうして広大な地下神殿の中心で、巨大な白竜と二人の人間、そして一匹の黒猫による、世にも不思議なお茶会が始まった。
張り詰めていた緊張がほどけ、聖域に和やかな空気が満ちた頃。
「……さて。美味しい茶の礼に、今度は私が話をしよう」
アルカディアが姿勢を正し、静かに、けれど厳かな声で切り出した。
「お前たちに、探してほしいものがある」
白銀の瞳が、エリアとレオンをまっすぐに見据える。
「かつて世界中の悲しみを癒やしたと伝わる、古代の遺物――『月響の鈴』を」




