第六話 はじまりの扉 パート2
第六話 はじまりの扉
パート2
ルナが向かったのは、昨日開かれた『秘密の部屋』だった。
部屋の奥には、小さな暖炉がひっそりと据えられている。
そこは普段、火が入ることもなく、猫たちが隠れんぼに使う、ただの暗い空間にすぎなかった。
「ルナちゃん、こんなところに誰かいるの?」
首をかしげるエリアの隣で、レオンも不思議そうに暖炉の奥を覗き込んだ。
ルナは答えず、暖炉の煉瓦へ向き直る。
そして、首元の青い首輪についた鈴を、一度だけ鳴らした。
――ちりん。
澄んだ音が空気を震わせた瞬間、暖炉の周囲で異変が起きた。
窓から差し込んでいた朝の光が、まるで生き物のように床を這い、暖炉の中へ吸い込まれていく。
光が集まると、暗かったはずの壁が水面のように揺らいだ。
その奥から、淡い光を放つ白い石の階段が、音もなく姿を現す。
「えっ……壁の奥に、階段!?」
「驚いたな。カフェの地下に、こんな道が隠されていたなんて」
目を丸くするエリアの隣で、レオンが小さく感嘆の声を漏らした。
『ついてこい。足元は滑りやすい。気をつけるように』
ルナの思念が響く。
彼女はしなやかな足取りで、迷いなく闇の底へ続く階段を下り始めた。
エリアとレオンは顔を見合わせ、恐る恐るその後に続く。
階段を下りるにつれ、空気はひんやりと冷たくなっていった。
それでいて、思わず深呼吸したくなるほど清らかだった。
壁に刻まれた淡い光が、二人の足元を静かに照らしている。
やがて、最後の一段を下りきった二人の目の前に、途方もない光景が広がった。
「うそ……なに、ここ……」
「……すごいな」
地上の小さな猫カフェからは、想像もつかないほど広大な空間だった。
見上げるほど高いドーム状の壁面には、見たこともない無数の古代文字が刻まれている。
その一つひとつが、夜空に浮かぶ星屑のような青白い光を放っていた。
空間の中央には、鏡のように澄みきった水を湛える泉がある。
波一つない水面には、天井を埋め尽くす古代文字の光が静かに映り込んでいた。
そこは、神話の時代から切り離され、今なお眠り続けているかのような場所だった。
エリアは圧倒されるようにルナのそばへ寄った。
レオンもまた、壁を満たす光の響きに耳を澄ませるように、静かに目を細めている。
二人は言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
『ここは、古代文明アルテミアが遺した聖域』
ルナは静かに告げる。
『世界の歴史と記憶を守り続ける――白竜の聖域だ』
その言葉に応えるように、中央の泉がかすかに揺れた。
『紹介しよう。我の師であり、この聖域の主だ』
ルナが誇らしげに告げた、そのときだった。
記憶の泉のほとりに横たわっていた、白い雪山のような影が動いた。
ゴゴゴゴ……。
地鳴りにも似た低い音が、聖域全体を震わせる。
エリアは息を呑み、思わずレオンのエプロンの裾を掴んだ。
闇の中で、光を弾く純白の鱗が浮かび上がる。
古代の空さえ覆い隠しそうな、巨大な翼がゆっくりと開いた。
長い眠りについていた白竜が、静かに首をもたげる。
やがて開かれた透き通るような瞳が、聖域を訪れた二人の人間を、悠久の時を越えて見定めるように見下ろした。




