第二章 旅立ちの朝と白竜の聖域 第六話 はじまりの扉 パート1
第二章 旅立ちの朝と白竜の聖域
第六話 はじまりの扉
パート1
翌朝。銀葉の森は、昨日の冷たい雨が嘘のように、すっきりと晴れ渡っていた。
木々の間から差し込む朝日が、雨露に濡れた葉をきらきらと輝かせている。
猫カフェ『ルナ』の店内は、いつもの穏やかな空気に満ちていた。
キッチンからは、ベーコンを焼く香ばしい匂いと、スープの温かな湯気が漂ってくる。
「ノアくん、おかわりあるからね。いっぱい食べて!」
「うん、ありがとう……エリアお姉ちゃん」
カウンター席で、ノアは大きめのマグカップに注がれたミルクティーを両手で持ち、嬉しそうに微笑んだ。
昨日の恐怖に怯えていた影は、少し薄れていた。
そこにあるのは、温かい食事と安心できる大人の存在に支えられ、少しずつ本来の姿を取り戻し始めた、子どもらしい笑顔だった。
その足元では、三毛猫のニケが満足そうに喉を鳴らし、茶トラのマロンは「俺にもご飯をくれ」とばかりにレオンの足首にすり寄っている。
「ノア、帰る場所のあてはあるの?」
カウンターの中から、レオンが静かに尋ねた。
昨夜、ノアはぽつりぽつりと自分のことを話してくれた。
親戚の家を転々とし、どこにも自分の居場所がないと感じ、森へ逃げ込んでしまったこと。
だが、ノアはもううつむかなかった。
「……うん。遠くの町に、昔よく遊んでくれたおばさんがいるんだ。僕、そこに行ってみる。今なら、ちゃんと『助けて』って言える気がするから」
ノアの言葉に、レオンは目を細め、深く優しい微笑みを浮かべた。
調律の魔法を使わなくてもわかる。
少年の心に響いていたあの痛々しい不協和音は、穏やかな音へと変わり始めていた。
「そっか。気をつけてね。もしまた雨宿りしたくなったら、いつでもおいで」
「うんっ!」
朝食を終えたノアは、元気に立ち上がった。
エリアが「これ、道中のおやつ!」と、バスケットいっぱいのクッキーを手渡す。
ノアは何度も何度もお辞儀をして、カフェの重い木の扉を開けた。
――からん、と澄んだベルの音が鳴る。
光の差し込む森へと駆け出していく少年の背中を、エリアとレオンは並んで見送った。
扉が閉まり、再び店内に静寂が戻る。
「……よかった。ちゃんと笑えるようになって」
「そうだね。エリアが勇気を出してくれたおかげだよ」
「もうっ、レオンさんってば、すぐそうやって褒めるんだから」
エリアは照れくさそうに笑いながら、自分の両手を見つめた。
手袋をしていない、素手。
けれど、以前ほど、自分の力を恐ろしいとは思わなかった。
『――別れの挨拶は済んだか?』
不意に、二人の頭の中に、澄んだ思念の声が響いた。
振り返ると、カウンターの上で黒猫のルナが、静かに尻尾を揺らして二人を見据えていた。
その金色の瞳には、これまで以上に強い意志が宿っていた。
『二人とも、昨日はよくやってくれた。だが、ノクスの脅威はまだ終わったわけではない』
ルナは、店内の奥――昨日開いた『秘密の部屋』の方へ顔を向けた。
『お前たちに、紹介しなければならない者がいる。我についてこい』




