表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第一話 招かれざる客と、雨の匂い パート2

第一章 森の奥の猫カフェ


第一話 招かれざる客と、雨の匂い


パート2


店内の空気が、ほんの一瞬だけ止まる。


全員の視線が、音のした方――床に散らばった白い陶器の破片へ向かう。


そこに立っていたのは、猫の刺繍が入ったエプロンを着た少女だった。


うっすらと青みがかった銀髪を、高い位置でポニーテールにまとめており、琥珀色の瞳は、「やってしまった」と言わんばかりに見開かれていた。


アルバイトのエリアだ。


彼女は慌てて両手をぶんぶんと振った。


「ち、違うの! 今のは、えっと……カップが自分の可能性を広げたっていうか!」


無茶苦茶な言い訳だった。


しかし、カウンターの奥に立つレオンは、責めるどころか少し困ったように、けれどひどく優しく微笑んだ。


「うん。可能性が五つくらいに分かれちゃったね」


怒気のない、ひだまりのようなその声に、張り詰めていた空気がふわりと緩む。


エリアは「うぅ……ごめんなさい」と肩を落とし、しゃがみ込んで破片を拾い集め始めた。


破片を拾う指先は、ほんの少しだけ震えていた。


無意識のうちに、彼女はエプロンの下、胸元に提げている小さな銀の指輪をきゅっと握りしめていた。


(また、壊しちゃった……)


彼女が抱えているのは、ただの「不器用」ではない。


感情が揺れると、触れたものを壊してしまう、不思議な力だった。


大切にしたいものほど、うまく扱えない。


その力に、彼女はいつも怯えていた。


白い陶器の破片が、窓から差し込む光を受けてきらりと光る。


一瞬だけ、欠けた月のように見えた。


「怪我がなくてよかった。カップはまた選べばいいよ」


レオンの言葉が、エリアの背中にそっと降った。


その一言で、胸の奥でこわばっていた何かが、ゆっくりと解けていくのがわかった。


エリアは振り返り、今度は少しだけ照れくさそうに笑った。


そんな人間のやり取りを、猫たちはそれぞれの場所から見守っている。


茶トラのマロンがとことこと歩いてきて、割れたカップの破片を覗き込む。


興味深そうに鼻をひくつかせていた。


何かおいしいものが隠れていないか探しているらしい。


一方、壁際の棚の上からは、白猫のセレスが心底あきれたような顔でエリアを見下ろしていた。


『またやったのね』という声が聞こえてきそうな、気位の高い視線だ。


マロンが破片に触れそうになったのを見て、エリアは慌ててそれを遠ざけた。


「こら、マロン! これは食べ物じゃないよ。危ないから向こうに行ってて」


マロンは不満げに「にゃあ」と鳴くと、今度は客の足元へ向かった。


ニケと並んで、濡れたズボンの裾にすりすりと頭をこすりつける。


その愛らしい仕草に、迷い込んできた客の顔から、少しずつこわばりが消えていく。


「さあ、どうぞこちらへ。温かいお茶を淹れますから」


レオンに促され、客は一番奥の丸テーブルへと案内された。


ニケとマロンも、まるでエスコートするようにその後をついていく。


窓辺では、黒猫のルナが静かに目を閉じていた。


(まったく、騒がしい)


そう心の中で毒づきながらも、彼女の尻尾の先は、ほんの少しだけ心地よさそうに揺れていた。


この騒がしさがある限り、世界はまだ終わらない。


ここは、そういう場所だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ