表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/52

第四話 迷い込んだ少年 パート4

第四話 迷い込んだ少年


パート4




ノアの足元に広がる黒い泥水は、まるで意思を持つかのようにうごめいていた。

それはゆっくりと床を這い、ノアの足首に絡みつく。

泥水は次第に形を変え、輪郭のぼやけた『顔のない子ども』のような影となって立ち上がった。


「ひっ……!」


ノアが短い悲鳴を上げて後ずさろうとした。

けれど、影は冷たい泥の腕で、ノアの足をがっちりと捕らえていた。


影の奥からは、声にならないすすり泣きのような音が響いていた。


――寂しい。

――痛い。

――誰かに、見つけてほしい。


それは、ノア自身がずっと心の奥底に封じ込めていた感情そのものだった。

限界を超えた悲しみが、世界の底に眠る『ノクス』と共鳴していた。


「ノアくんから離れろ!」


エリアが叫び、ノアを助けようと手を伸ばす。

しかし、彼女が影に触れようとした瞬間、黒い泥が鋭い棘のように変形し、エリアの手へ襲いかかった。


「危ない!」


間一髪、レオンがエリアの腕を引き、庇った。

レオンの深い青色のエプロンを泥の棘がかすめ、微かに嫌な音を立てて裂いた。


退さがれ、二人とも! 不用意に触れてはならない!』


ルナの鋭い思念が、店内に響き渡る。

黒猫はしなやかな跳躍で、ノアと影の間に割って入った。

その全身の毛は逆立ち、金色の瞳はこれまでにないほど強い光を放っている。


『長き眠りに沈む悲しみよ。ここは月の聖域。お前たちの嘆きに呑まれる場所ではない!』


ルナが鋭く鳴き声を上げる。

その首元で、青い首輪についた鈴が激しく震えた。


次の瞬間、銀色の光の波が放たれる。

光はノアに絡みつく影を打ち、泥水を強引に床へと押し戻そうとした。


ルナの魔力と、ノクスの執念が衝突する。

店内の空気が、ギリギリと悲鳴を上げるように軋んだ。


これまでなら、ルナが少し結界の力を強めるだけで、小さなひずみなどすぐに消し去れた。

ここは古代文明から続く、誰も傷つかないはずの聖域だったのだ。


しかし――。


ミシッ……。


静かな店内に、不吉な音が響いた。

月のように丸い窓ガラスに、ピキリと一本の亀裂が走る。


続いて、古木の床が小さくひび割れ、壁の漆喰がパラパラと剥がれ落ちた。


「嘘……お店が、壊れていく……」


エリアが青ざめた顔でつぶやいた。


レオンはノアをその背に庇いながら、必死に『調律』の力で空間の崩壊を食い止めようとしている。

しかし、ノアの孤独をよりどころにして溢れ出すノクスの悲しみは、あまりにも重く、深かった。


(……結界が、破られる)


ルナは鋭い牙を見せて、歯を食いしばった。


目の前にいるのは、ただ居場所を欲していただけの孤独な少年だ。

彼が悪いわけではない。

だが、彼の抱える痛みが、結果としてこの温かい居場所を侵食しようとしている。


このままでは、ノアも、カフェも、ノクスの影に呑み込まれてしまう。


「やめて……っ」


ノアが震える声で叫んだ。


自分のせいで、せっかく見つけた優しい人たちと温かい場所が壊れてしまう。

それが、何よりも恐ろしかった。


『耐えろ、レオン! エリア!』


ルナの必死の思念が響く中、窓ガラスにさらに大きな亀裂が走った。


誰もが安心できた穏やかな日常の終わりは、もうそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ