第四話 迷い込んだ少年 パート2
第四話 迷い込んだ少年
パート2
レオンはノアに、「なぜこんなところにいるのか」とも、「どこから来たのか」とも聞かなかった。
ただ、淹れたばかりの温かいミルクティーと、小さな月型のクッキーを、静かにテーブルへ置いただけだった。
「少し休んでいくといい。ここは雨宿りにはちょうどいい場所だから」
その穏やかな声には、一切の強要が滲んでいなかった。
ノアはタオルをぎゅっと握りしめたまま、小さく頷き、アンティークの丸椅子にそっと腰を下ろした。
レオンがカウンターの奥へ戻ると、今度は足元から「にゃあ」と柔らかい声が聞こえた。
見下ろすと、三毛猫のニケがノアの足元にちょこんと座り、濡れたズボンの裾に、すり、と頭をこすりつけていた。
「……猫」
ノアの口から、無意識のうちに言葉が漏れた。
ニケは迷うことなくノアの冷えた膝の上にひょいと飛び乗り、そこで丸くなって喉をゴロゴロと鳴らし始めた。
その温かい、リズミカルな振動が、ノアの太ももから全身へと伝わっていく。
「……あったかい」
張り詰めていたノアの肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。
猫の寝息。古い木の匂い。ミルクティーの甘い湯気。
それらが混ざり合い、店内を優しい調和で満たしていた。
レオンはカウンターの奥で、静かにカップを拭いている。
けれど、その穏やかな空気は偶然ではなかった。
雨音も、木の軋む音も、猫の喉鳴りも、すべてが少しずつ整えられていく。
レオンが意識的に行っている『調律』が、ノアの心を覆っていた分厚い氷を、ゆっくりと溶かしていた。
そこへ、「お待たせしましたー!」と明るい声が響いた。
エリアが、焼き上がったばかりのスコーンをトレイに乗せて運んできたのだ。
「レオンさんの特製スコーンだよ。熱いうちに……あっ!」
エリアがテーブルにトレイを置こうとした瞬間、手が滑った。
小皿が一枚、床へ滑り落ちる。
――ガシャン!
大きな音を立てて、小皿が割れた。
ノアはビクッと体を震わせ、反射的に両手で頭をかばうように身をすくめた。
大きな音。失敗。
――それはノアにとって、「怒られる」合図だった。
「うわぁぁっ、またやっちゃった! ごめんなさい!」
エリアが慌ててしゃがみ込む。
ノアは、次に飛んでくるはずの大人の怒鳴り声を恐れて、ぎゅっと目を閉じた。
しかし。
「エリア、怪我はない? 破片は僕が片付けるから、手を切らないようにね」
聞こえてきたのは、怒号ではなかった。
レオンの、どこまでも穏やかな声だった。




