第三話 日常の終わりと、黒猫の告白 パート4
第三話 日常の終わりと、黒猫の告白
パート4
悲鳴のような風の音に、エリアがびくりと肩をすくませた。
レオンもまた、顔をしかめて耳を塞ぐような仕草を見せた。彼には、その音がどれほど痛みに満ちているかが、痛いほど伝わってくるのだ。
『……聞こえるか。これがノクス――封じられ、忘れ去られようとしている悲しみの声なのだ』
ルナは金色の瞳を細め、静かに語りかけた。
『これを真に癒やすには、ただ結界を張り直すだけでは、足りない。古い呪いの封印を「壊し」、溢れ出した悲しみを世界律へ「調和」させなければならない』
ルナの言葉に、エリアははっと息を呑んだ。
自分の「壊す力」。そして、レオンの「調律の力」。
その二つが、初めからこの小さな猫カフェに揃っていたのだ。
「でも……私なんかに、できるわけない!」
エリアが叫んだ。その声は震えていた。
彼女は、胸元の銀の指輪をぎゅっと握りしめる。
「私の力は、大切なものを壊すだけ。もし……もし私が間違えて、このお店まで壊しちゃったら、どうするの!?」
『エリア』
「怖いよ……私、自分が怖い!」
エリアは、泣きそうに顔を歪めた。
その震える背中に、温かい手がそっと触れた。
レオンだった。
「大丈夫だよ、エリア」
レオンは、いつもカフェで客を安心させるときと同じ、ひだまりのような声で言った。
「君の力は、ただ壊すだけのものじゃない。君が『守りたい』と願うのなら……僕が必ず、その想いの音を整えるから」
レオンの言葉に、エリアはぽろりと涙をこぼした。
彼はいつもそうだ。彼女が失敗しても、決して見捨てない。いつだって、優しく支えてくれる。
『……レオンの言う通りだ』
ルナは静かに歩み寄り、エリアの足元に自分の尻尾をそっと触れさせた。
それは、不器用な黒猫なりの、最大限の励ましのサインだった。
『我は、何百年も一人で未来を背負ってきた。だが……お前たちとなら、違う未来を選べるかもしれぬと思っている』
ルナは、二人の顔を交互に見上げた。
『頼む。我に、お前たちの力を貸してくれ』
それは、月の守護者としての命令ではなかった。
共に居場所を守りたいと願う、一匹の猫としての、真摯な願いだった。
エリアは涙を拭い、レオンと顔を見合わせた。
そして、二人は、同時に深く頷いた。
三人の意志が重なった、その瞬間。
ルナの首元で、小さな銀の鈴が、ちりん、と鳴った。
それに応えるように、エリアの銀の指輪が淡く震え、レオンの周囲にやわらかな調律の気配が広がる。
空っぽだった石の台座から、まばゆいほどの青銀色の光が溢れ出し始めた。
世界の心臓へ至る、本当の扉が開こうとしていた。




