第三話 日常の終わりと、黒猫の告白 パート3
第三話 日常の終わりと、黒猫の告白
パート3
ルナが先導した先は、カウンターのさらに奥――スタッフの休憩室へ向かう通路の途中に垂れ下がった、分厚いベルベットのカーテンの前だった。
普段ならその向こうには、ただの行き止まりの壁しかないはずだ。
だが、カーテンの前には、すでに先客がいた。
白黒猫のコハクが、ただの壁に見える場所へ向かって、熱心に前足でカリカリと引っかいていた。
これまでもコハクは、閉ざされた棚や隠し引き出しの前で、同じような仕草を見せることがあった。
隠された扉や通路を見つける、不思議な力を持つ猫なのだ。
ルナはコハクの隣に並び、首元の銀の鈴を、ちりん、と一度だけ鳴らした。
すると、壁の表面に淡い青銀色の光が走り、巨大な「月と竜の紋章」がふわりと浮かび上がった。
地鳴りのような低い音とともに、壁の一部が左右に割れ、重厚な石の扉がゆっくりと姿を現した。
「うそ……カフェの奥に、こんな空間があったの?」
エリアが息を呑み、胸元の銀の指輪をぎゅっと握りしめた。
レオンもまた、目を見張りながらその扉を見上げている。扉の奥から漏れる響きに、彼の蜂蜜色の瞳がかすかに揺れた。
『入るがいい。ここが、世界の心臓へ続く入り口の一つだ』
ルナの思念に促され、二人は恐る恐る扉の向こうへ足を踏み入れた。
そこは、外の光など届かないはずなのに、どこからか降り注ぐ古代の月光に満ちた、神秘的な石室だった。
壁一面には、見たこともない複雑な古代文字が、びっしりと刻まれていた。
そのとき、足元をすり抜けるようにして、灰色の長毛猫オルフェが部屋の中央へと歩いていった。
普段はいつも眠そうにしているオルフェだが、今だけはその賢い瞳をらんらんと輝かせ、壁の碑文を見上げている。
彼は、古代語を読むことができる猫だった。
オルフェは碑文をじっと見つめ、尾の先で一つの文字を示した。
ルナはオルフェの隣に座り、壁の文字を見上げながら、静かに通訳した。
『オルフェは、そう読み取ったようだ。この壁に刻まれているのは、この聖域の真の役割と、世界を救う鍵についてだ、と』
そしてルナは、碑文の一節を読み上げた。
『壊す者と調える者、月下に並ぶとき、鈴は声を得る』
「壊す者と、調える者……」
レオンが、その言葉をなぞるように呟いた。
彼の視線が、自然と隣に立つエリアへと向かう。エリアもまた、自分の不器用な両手を見つめていた。
彼女の「破壊の力」と、レオンの「調律の力」。その二つが、世界を救うために必要だというのか。
部屋の中央には、美しい細工が施された石の台座が置かれていた。
そこには、かつて世界中の悲しみの声を拾い上げたとされる伝説の遺物、「月響の鈴」が安置されている、はずだった。
しかし、月光に照らされたその台座の上には、何もない。
そこは、空っぽだった。
『……そうだ。世界を救うための器――「月響の鈴」の本体は、今は失われている』
ルナが重々しく告げた、そのときだった。
――ひゅう、と。
部屋のさらに奥、暗闇に沈んだ空間から、冷たい風が吹き抜けた。
いや、ただの風ではない。
それはまるで、暗い水底から響いてくるような、子どもの泣き声にも似た、ひどく悲しい音の震えだった。




