6.この街について
女性を惹きつけることができるノアを連れて花街を歩けば、周囲の注目を一手に集められる。そう考えたエマの兄弟たちは、あわよくばその余波に乗って女性と親しくなれるのではと期待していたらしい。
こちらの策も知らずに軽率な行動を取った兄弟にエマは鉄拳を食らわせ、町へ追い返した。
その後、街の様子を訝しむノアを花街の一室へと案内し、エマとオーウェンを加えた三人で話をすることとなる。
道中ではノアの整った容姿に惹かれた娼婦たちが何人もついてこようとしたが、そのたびにエマが追い払った。
どうやらエマの兄弟たちは「良い場所だ」としかノアに説明しておらず、花街の実情については何も伝えていなかったようだ。しかし、ノアの観察力は鋭い。街の女たちが肌を惜しげもなく晒し、男たちがにやけた顔で店へと吸い込まれていく様子に、ただの飲食街でないことはすぐに察しているだろう。
(どう言い訳すれば……)
ノアの顔をちらちらと窺いながら、エマは頭の中で必死に言い訳を組み立て続けていた。
部屋に入ると、ノアは黙したまま椅子に腰を下ろし、沈黙の中で思考を巡らせているようだった。
「いやあ、驚いたでしょう?」
オーウェンが明るく場を和ませるように声をかける。
「ここはね、男性と女性の出会いの場なんだよ。社会的に立場の弱い女性たちに、貴族や商人といった身分の高い人との出会いを提供して、人生を変えるチャンスを与える……そんな場所さ」
言葉の選び方は絶妙だった。決して嘘をついているわけではないが、危険な匂いは巧妙に隠されている。
ノアはその言葉を無表情に受け止めた。反論も肯定もしない。ただ、視線だけがじっとオーウェンを見つめている。
「でもね、困ったことに最近この場所を悪用する輩がいるって話があってさ。貴族の中に女性を攫うような不届き者がいてね……人身売買なんて王が聞いたら激怒するだろ?だから、その前にこっちで何とかしたいと思ってるんだ」
王のために動いているのだというアピールを忘れずに挟むオーウェン。
「確かにリアム王は人身売買を厳しく取り締まっています。しかし、でしたら我々に知らせてくれれば、正式な支援が可能だったのでは?」
ノアの正論に、空気がぴりりと引き締まる。
王に黙って行動している現状は、やはり不審に映る。
「そこが複雑なんだよ。堂々と動ければ一番いいんだけど、相手は用心深い上に、この街には多くの貴族が出入りしてるから、取り締まりが逆効果になる可能性もあるんだ。だから今は、もっと柔らかいやり方でね」
そう言いながら、オーウェンがちらりとエマを見る。
視線を追ったノアが、その場違いなほど肌を露出したエマの姿に一瞬だけ目をとめるが、すぐに目を逸らす。
(効果的な作戦……ね)
エマの心には自嘲が浮かんでいた。実際のところ、何の成果も出ていない。
そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ごめんください、オーウェン様〜」
甘ったるい声とともに、小柄な少女が飛び込んでくる。
「やあ、ベル。君は今日も愛らしいね」
オーウェンがすっかり慣れた様子で対応し、その少女――ベルは当然のように彼の隣に座った。
「ありがとうございます〜。ほんとは来ちゃいけないって言われたけど……オーウェン様にどうしても報告したくて。私、この街を出られることになったんです!」
満面の笑みで語るベル。その幼さの残る顔立ちからは、ここがどんな場所かも忘れてしまいそうになる。
「それは良かった。君の新しいお店に、いつか顔を出すよ」
「はいっ、私、頑張ります!」
元気よく立ち上がると、ベルは小さく手を振って部屋を後にした。
(……店?この街以外にも娼館があるのか)
エマが首をかしげたその時、オーウェンが事情を語り始める。
「彼女ね、裁縫店を開くのが夢なんだ。今度、街で雇ってくれる人が見つかったらしくてさ」
「裁縫店……ですか」
ノアが少しだけ驚いたように眉を上げる。
「この街はね、結婚相手を探すだけじゃなくて、女性が自立するための支援もしているんだ。技術を学び、人脈を広げ、ここを出て自分の力で生きていく。そんな娘たちを僕は応援したいんだ」
普段は感情の読めない男だが、その一瞬だけはまるで身内を見守るような優しさが宿っていた。
エマだけでなく、おそらくカールソン家ではグレル以外そんな取り組みをしているとは知らないのかもしれない。
「理解はしました。しかし……それでも、エマ様があのような姿で接待をさせるなど賛成できません。彼女は王妃の側室です」
ノアの言葉に、オーウェンは腕を組んでうーんとうなる。
「そうだよねぇ、僕もそこはずっと引っかかっててさ。でもどうしても女性の協力が必要で……適任がいないんだよ」
そう言いながら、オーウェンの視線がにゅるりとノアに向けられる。
その蛇のような視線に、ノアの背筋がぞわりと震えた。
「私は男です」
「うん、それは知ってる。でも、君は協力したいんだろう?王に仕える身として、手段を選ばず任務を遂行する覚悟があるんじゃないのかい?それとも、エマ嬢に胸に詰め物して色仕掛けさせる方が正義だとでも?」
「詰め物!? ……あの、それは」
ノアが言いかけると、エマが無言で目を逸らす。
(勝手に決めたのはお前だがな)
心の中で毒を吐くエマ。
追い込まれかけたノアは、拳を握りしめて深呼吸し、ふっと肩の力を抜いた。
「……私は王専属騎士です。そのような辱めを受けるわけには……」
エマに視線を移し、一瞬の沈黙のあと、ノアは小さく呻くように言葉を吐いた。
「一度、だけですよ……」
その言葉を聞いたオーウェンの口元に、勝利を確信したような笑みが浮かんだ。




