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6.カールソン家

兄達の確保は容易かった。


「うお!!なんでエマがいるんだよ!」


「ここは花街だぞ!?お前みたいなツルペタは働けないぞ!?」


「「っう!!」」


二人仲良く娼館を堪能した兄達は、二人仲良く地面へと突っ伏した。


デブリンが煙草を数本吸い終わる頃、『カールソンの兄弟が娼館を出発した』と報告が入ったのだ。


デイジーの話題からは特に話す事などなく、ただ黙って報告を待つ時間だけが過ぎていた。


帰り際、デブリンから『口止め料』という名目で煙草を貰ったがエマが好む代物ではないため恐らく金に代わるだろう。


互いに二度と会う事はないと分かっているからか、特に挨拶を交わさずエマは娼館を後にした。





股間を抑えヒョコヒョコと歩く兄弟の手を引っ張りながら家へ戻ると、未だにフライパンを手に持った母が仁王立ちで待ち構えていた。


「このくそ忙しいのに何を考えている!この阿呆!!」


ッガン!ッゴン!!


往復ビンタの勢いでフライパンを振り回し、父同様に意識を飛ばす。


(更に役立たずになったのでは?)


白目を向いた兄達を眺めながら、エマは呆れた表情を浮かべた。


娼館から戻った頃には日が傾き始めていたため、農地での作業は撤収を始めていた。


皆、一日中作業に徹していたため顔や服に泥が付き汗が染みこんでいる。しかし、疲労の色を見せながらも領民達は充実した笑顔を浮かべていた。


領地全体の管理はカールソン家の仕事だが、一つ一つの農地に関しては各家の責任となる。


そのため、他の農地よりも良質な作物を作り、毎年収穫量を上げようと勤勉に学び続けるなど、己の仕事にプライドを持って取り組む領民が多いのだ。


もちろん、全ての領民がそれに当てはまるわけではない。


「エマタンの提案してくれた『交換契約』だけど、半々ってとこだね」


母に殴られた衝撃から目覚めた父が熱々のスープを覚ましながらそう話す。


「半々ですか」


父と相向かいの席に座るエマはパンをちぎりスープへと浸す。


テーブルには畑でとれた野菜を煮込んだスープに窯で焼いたパン。そして交換契約でノヴァック領から派遣された領民が最近カールソン領に流通させているチーズと干し肉が並べられていた。


交換契約でカールソン領へ派遣された人々は、各農地へと割り当てられ、そこで農業に関する知識を身に着ける。


それと同時に自身の知識や技術を生かし、カールソン領内で商売をする権限が与えられているのだ。


「まあ土いじりが好きな奴なら好きだろーがな。クラウディン領みたいな大都市からのお客さんじゃあ、納得してない奴もいるだろう」


こちらも母に殴られた衝撃から目を覚ました兄が干し肉を頬張りながら愚痴をこぼす。


どうやら派遣された全ての人間が農業に興味を持つ者ではない様で、嫌々ながらこの地を訪れた者もいるらしい。


もちろん永遠にこの土地に縛り付けられる訳ではないので一定期間が過ぎれば元の領地に帰れるのだが、わざわざこちらの知識や技術を提供しているにも関わらず不服な態度を取られるのは領民達にとっても迷惑な存在だろう。


「まあ最初から上手くいく契約なんてないからね。徐々に内容を変更していけばいいさ。それに金に関しては王族が補助してくれるからね。それを利用しない手はないさ」


利益を最も重視した父が狡猾な笑みを浮かべる。


実際に人材が派遣されてから日は浅いが、父は細かな契約内容の変更を度々王宮へ申請し、都合の良い形に変更しようとしているらしい。


交換契約に関して発案したのはエマだが、今ではその手を離れ、父の手中に渡ってしまったとようだ。





家族での食事を終えると、各々残された仕事へと戻っていく。


父は領地の経営管理、兄弟達も父から任された雑務に追われている。


エマと母のメルリダは食事の後片付けと明日の食事の下準備に取り掛かることにした。


父に母、祖母に祖父、そして食べ盛りの兄弟10人の食事は前日から用意するのが必須なのだ。


「グレルは人の懐に入るのが上手だからね。どう懐柔したのか、今では王宮の使者がわざわざ領地まで訪れる始末だ」


グレル。つまりエマの父は、交換契約の内容変更を王宮からの使者を通して行っているらしい。


数年前、王都で犯罪まがいの行為を行い騎士に捕まりそうになってから、父は一度も王都へ足を踏み入れていない。


「父を牢で見つけても看過致します」


「許可しましょう」


横並びに皿を洗いながら淡々と母子の会話が展開される。


エマはどちらかと言えば容姿はメルリダに似ているのだろう。髪も目も、その表情でさえも母親譲りと思われるのだが、メルリダのメリハリのある体だけは引き継ぐことが出来なかった。


それに関して母から残念がられる事はなかったが、兄達の揶揄いを始終受けるため、エマ自身も自分の体に魅力はないと自覚している。


「そう言えば、王とは夜を共にしましたか?」


ッガチャン!


「は、はい?」


兄達ならともかく、母から下世話な話をされた事がないエマは、驚きのあまり拭いていた皿を落としてしまう。


幸いにも皿は割れておらず、何事も無かったかのように棚に戻したが、未だに動揺が収まらない。


「なぜ、そんな話を?」


「側室ならば当たり前でしょう。それとも、わざわざ城に呼んだにも関わらず、貴方をなおざりにしているのですか?」


淡々と皿を洗っている母の横顔が僅かに険しくなる。


(さすがに怪しく思っているのか)


各地の令嬢を側室として招いた国王の狙いが王妃の後ろ盾を欲しがっての行動だとは、一部の人間しか知らない情報だ。


だが、国王が令嬢達に手を出していない事実。


そして、招かれた令嬢達が次々と領地へ返却されているという状況を訝しく思うのは無理もない。


リアム王がどの様に事態を終結させるかは分からないが、現時点で王族の機密情報を話すわけにはいかないのだ。例え家族であっても。


「慎重になられているのでしょう。今は貴族からの批判も強まっていますし」


実際、リアム王に対する貴族達の批判は強まっているのだ。


平民には救いの手を差し伸べ、慈しみの心を向ける王は、貴族に対して敵視にも近い感情を抱いている。


それはメルリダも感じ取っている様で、リアム王に対する印象は良いものではないらしい。


「王は王都から離れられない程にご多忙なのでしょうか?前国王様もそうですが、顔も見えない、声も聞けない相手を信用する事など出来ません。それはあちら側も同じでしょうに」


リアム王が王都を離れる事は少ない。


新たな国造りのため多忙であるのも確かだが、王都で暮らす民から目を離せないのが大きな理由だろう。


実際に今回の冬は王自らが城下町へと赴き、民達の状況を確認。救済処置の立案から実行までを携わり、貴族達からの批判にすら王自らが対応したらしい。


平民を重要視するあまり従者に任せる事さえしなかった。その姿勢も貴族達から批判される理由なのだろう。


「互いに信頼関係が築けない状態で新たな国造りなど出来るのか疑問ですが、女の私が出る幕でもありませんね」


皿洗いを終えたメルリダが小休憩にとポットでお湯を沸かし始める。


気丈な女性で家族を中心になって束ねているが、やはり夫であるグレルを差し置いて前に出る様な真似はしない。


例え国の対応に疑問を持とうともそれを男性の前で口にする事はないのだ。


(だからこそオリビア妃が社交の場に出なくとも問題がないのだけれど)


貴族を嫌うリアム王の案により、オリビア妃は一切社交の場に顔を見せない。


通常上流階級ではお茶会や舞踏会の中で人脈を広げ、権力争いや商売の拡大に役立てる。


だが、イザベラの様な特殊な人間を除けば、女性が権力を握る事などなく、女性が社交の場に出る理由は暇つぶしに近いものだ。


だからこそエマが社交界を避け、エミリアに連れ出されなければサロンにすら顔を出さない。


「・・・・もしも、王が噂通りの冷徹な人間で、貴方が王宮に居場所が見つけ出せないのならば」


二人分のティーカップに領地でとれたハーブティを注ぐ。


甘く懐かしい香りがエマの鼻腔をくすぐった。


「いつでも戻ってきなさい。貴方の事を一番に思っているのは、私達ですから」


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