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5.元侍女の行方

娼館の入り口は狭く、扉も壁の色と同色なため、ぱっと見では入り口だと分からない。


何よりも通りを歩く者達は皆、高層にいる美女へ視線を集中させているため、低い位置にある扉には視線が行きづらいのだ。


「女の子が一人で通りを歩くなんて危ないよ」


「はあ。すみません」


小窓から通された先は長い廊下になっており、扉が閉められた部屋がいくつも連なっていた。


全ての部屋が閉められていたため、中の様子は不明だが、恐らく客を招く用に作られているのだろう。


通された部屋はあまり広さはなく、質素なテーブルに椅子が並べられた応接間の様な造りの部屋だった。


エマの身を案じて受け入れてくれた女は、豊満な乳を更に強調する服を着ており、化粧は年齢が推測出来ない程濃いのだが、不思議と下品には感じなかった。


仕草や視線、吐息ひとつが色っぽく、同性であるエマでさえ生唾を飲み込んでしまう。


「一体どこの娼館から来たの?」


「え、あ、いえ。私は娼婦ではなくて・・・」


女性の色香に魅了されていたエマが、本来の目的を思い出す。


エマは自身がカールソン領の領主一家である事。


現在は繫忙期であるにも関わらず、兄弟が花街に遊びに来ている事。


また、兄弟を連れ戻すように母から命じられている事など、全ての情報を女性へ渡した。


全ての情報が必要だとは思えなかったが、彼女の上手な誘導についつい口が滑ってしまうのだ。


(さすが花街の娼婦。どんな男でも魅了されるのだろうな。例えば、そう。あのくそ野郎とか)


なぜかっふと、思い出したくもない男がエマの頭をよぎる。


そう、きっとアーチーはこの街の存在を知らない。


この街を認知していれば、きっと毎日の様に通い続け、散財し、そしてイザベラの怒りが花街を滅ぼしているからだ。


それは皆も予想しているのだろう。周りの人間もアーチーにこの街の存在を教えてはいないのだから。


「そういう事か。だったら協力するよ。領主様にはこの領地をちゃんと治めて貰わないとね。確か、ご兄弟は花街の奥にある娼館がお気に入りだと聞いたから・・・」


どうやら兄達は花街でも有名らしく、それが良いか悪いかはともかく、確保するのは簡単らしい。


「ありがとうございます。では、そちらに向かってみますので・・・」


「待って、貴方ひとりでは娼館には入れないよ」


女性の話によると娼館に入るには娼婦とその管理者の許可が必要らしい。


目の前の女性はどうやら娼館の管理も行う程の人物らしく、輩に絡まれていたエマを自身の判断で娼館へ入れてくれたとの事だった。


また、娼館によって中に入る方法が異なり、新規の客や招かざる者は入れない様に様々な工夫を施してるらしいのだ。


「ご兄弟がいる娼館なら知り合いもいるし、外に出たタイミングでこちらに声を掛けてもらうよう頼んでみるよ」


「何から何まで助けて頂きありがとうございます。あの、手持ちは少ないのですが・・・」


女性の心遣いに救われたエマが財布に手を掛けるが、美しく手入れの行き届いた手がそれを制す。


「いらないよ。花街には腐るほど金があるからね。それに人の親切に値段を付けてはいけないよ」


「お姉さま・・・」


エマは人を職業で判別する様な人間ではないが、娼婦に関してはよいイメージなどなかった。男に媚びを売り、知識や技術など持たず、持ち前の美貌で優雅に暮らす女性達。それはカールソン領で汗を垂らしながら働く女性と対照的な存在であり好まなかったのだ。


だが実際に花街で見た女性は、気高く美しい空気を身に纏い、男に媚びる態度は見えない。


何よりも目の前の女性の人情味にエマは強く心を掴まれてしまった。


「さあ、私は仕事に戻るから、ああ、デブリン。この子にお茶を出してあげて」


どうやら娼館は繁盛しているらしく、聞き覚えのある名前を呼ぶと、女性は颯爽と部屋を出て行ってしまった。


そして、残されたエマは一人で納得した。


(ああそうか。この女のせいか)


男の夢である花街で、思い出した顔が、


探しに来た兄弟でも、送り出した阿呆の父親でも、国王でも、ましてや美しい騎士でもなかった。その理由。


「・・・っう!!?は、はい。・・・・わかりました」


イザベラの処分からどう逃れたのか、見覚えのあるその顔が一瞬、不快に歪むのをエマは見逃さなかった。





「・・・・どうぞ」


以前、マリアーノ邸ではお茶の一つも出さずにアーチーと寝室で不貞行為を働いていたのだが、今回はその様な不遜な態度は取らない様だ。


相変わらず豊満な肉体を持つデブリンは、露出の多い娼婦の衣装が良く似合う。どうやら侍女以上の天職を見つけたらしい。


(よく覚えていたな)


エマ自身はマリアーノ邸潜入の際に仕事服を拝借した対象のため、彼女を記憶していたが、彼女がエマ達を見たのは邸宅を案内した一度きりの事だ。


元々記憶力がいいのか、それともイザベラに処分された日に接した最後の客だからなのか、どちらにしろデブリンはエマの事を認識している様子が見て取れる。


なぜならば、お茶を出したデブリンは、部屋から出ていく事もなく、訝し気な視線をエマに当て続けているからだ。


「あの、一人で待てますので、どうかお気になさらずに」


遠回しに『出ていけ』と伝えたはずなのだが、なぜか険しい顔をしたデブリンがツカツカと距離を縮めてきた。


背丈も高く、元侍女であるにも関わらず態度がやたら大きいデブリンは、ただでさえ威圧感がある。それに加え、無遠慮に顔を近づけ睨みつけてくるのだから質が悪い。


「あの女に命令されたの?」


「人違いでは?」


女豹を彷彿とさせる吊り気味の目で問い掛けてくる。


恐らく『あの女』はイザベラを指すのだろうと推測できたが、最も関わりたくない人間の名など自身から発したくもないとエマは素知らぬふりをする。


「とぼけないで!!マリアーノ邸に来てたでしょう?あの女に雇われたのね!?言っとくけど私のお得意様には他国の要人だっているのだからね!!」


どうやらエマをイザベラの手先だと勘違いしている様だ。


怒りに身を任せテーブルを叩くのだが、豊満な乳が目の前で揺れ、思わず視線が泳ぐ。


「いえ、本当に人違いで・・・」


「そんな挙動不審な態度でよく言うわよ!あんな人の出入りがない家の客人くらい忘れるわけないでしょう!?」


どうやらデブリンの記憶力が高い訳ではなく、マリアーノ邸は元々客人が少ないらしい。


しっかりと顔を覚えられていると理解したエマは、取り敢えず誤解を解こうと興奮気味のデブリンに冷静に話しかける。


「確かに私はマリアーノ邸を訪問しましたが、イザベラ様の従者ではありません。と言うよりも、私自身、貴方はイザベラ様の手によって処分されたものと思っていましたので、生きてらした事に驚いています」


何を言っても疑って掛かりそうな相手には、本音を隠す必要はない。


信じてもらえなくとも今のデブリンに出来るのはせいぜい喚き散らす事だけ。エマの脅威にはならないのだ。


「・・・っは。そうね。あの時殺されていてもおかしくなかったわ。まさか意気なり鉄扇で殴られるなんて思わないじゃないっ!」


どうやらデブリンの話によると、アーチーの浮気現場を目撃したイザベラは、問答無用でデブリンを鉄扇で殴ったらしい。


一度ではない。


何度も何度も殴られる間に、先程まで愛を交わしていた男の姿は消えており、絶望の中で意識を手放したという。


「私が死んだと勘違いしたのか、目が覚めたら部屋には誰もいなかったわ。このままじゃ殺されると思って、必死で屋敷から逃げ出したのよ」


元々優秀な従者を持ち合わせていないマリアーノ邸からの脱出は容易だった様で、デブリンは見事脱獄を成功したのだ。


その後、イザベラの目に届かな辺境の地、カールソン領に身を寄せ、今では随分羽振りのいい生活を送っているらしい。


「そうでしたか・・・それはお気の毒に」


「っは!あんたに何が分かるのよ」


エマの心にもない同情を不愉快そうに跳ねのける。


正直、主の目を盗み不貞を働いていたデブリンは好かない。イザベラからの罰は自業自得であり、生き長らえて高級娼婦までに成り上がれたのだから上々だろう。


「・・・まあ、あそこは可笑しな方が多いですから」


マリアーノ邸と縁を切ったデブリンを前に気を許したのか、エマがポツリと呟く。


夫の浮気相手を残酷に処分し続ける妻。


その妻の行動を知りながらも浮気を続ける夫。


そしてその父親に甘やかされ、無知で横暴な娘。


異常な屋敷の主達の影響で、従者までもが『まとも』ではない始末。


アーチーの愛人だったデブリンも含め、屋敷全体が異常な空気に包まれていたとエマは思った。


「そうね。アーチー様は異常な程の女好きだし、イザベラ様は・・・イザベラ様だし。あそこで正常でいるのは難しいでしょうね」


マリアーノ邸を良く思わないエマに警戒心を解いたのか、デブリンの態度が軟化する。


気怠そうに腕を組み、壁に寄り掛かりながら遠い目で語り始めた。


「あそこはお二人の城だから、ご子息も屋敷には寄り付きもしないし、従者もコロコロ変わるしね・・・我儘デイジーちゃんも早くあそこから出られるといいけど」


「デイジー様、ですか?」


「そうよ。女の子が一人、お屋敷にいるのよ。顔はアーチー様そっくりで愛くるしいのだけど、性格は最悪。我儘で横暴で王族としての気品すらない子よ。私もあの子に暴力を受けた事があるから好きではないけど、でもね。正直同情もしているのよ」


憂いを帯びた表情で何処に隠していたのか、平民では中々手に入らない煙草に火をつける。


デブリンの吐く白い煙を眺めながらマリアーノ邸で働く従者とデイジーとの関係性について考えてみた。


権力を振りかざし侍女達を虐げているデイジーに対し、皆恐怖していたのは確かだ。


運悪くデイジーに遭遇した侍女が暴力を振るわれている場面を目撃したが、基本的に侍女達は姿を隠して生活している。


アーチーは女に夢中でイザベラは基本家には戻らない。


兄弟も屋敷には寄り付かず、侍女達はデイジーの前から姿を消している。


(あの屋敷で一人か)


「同じ女だからかしら、何となく感じるのよね。デイジーちゃんが両親に好かれたくて無理してるの」


「無理ですか?自由奔放なイメージがありますが」


「あら?会ったことあるの?まあ、そうね。基本は我儘だけどご両親の前では大人しいのよ。ニコニコ笑って本物のお人形さんみたいなのよ」


確かにデイジーの容姿は愛らしいが『お人形さん』というイメージが湧かない。


大声で喚き散らし、周りを従わせようとする姿は正に『手の付けられない赤子』だ。


だが実際にデイジーを目にしたのは一度きり。後は周りからの噂でしか彼女の人物像を知らないのは事実。


近くでデイジーを見てきた侍女であるこそ感じ取れるものがあるのだろうか。


納得がいかない表情で黙り込むエマを見て、元侍女は娼婦特有の自信に満ちた笑みを浮かべ、口を開く。


「本当に嫌われたくない相手の前ではね。女は偽りの姿になるのよ」


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