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2.影の英雄

多くの人で賑わう商店街とは異なり、昼の住宅街は閑散としている。


王から与えられたチャンスを掴もうと、働き者の民達は朝早くから商店街へ向かうのだ。


もちろん人気の無い家屋を狙う悪党もいるため、王が派遣した騎士達が定期的に住宅街を徘徊している。


(以前の街並みに比べれば、ここは天国だけどね)


元王専属騎士であるルイスは、リアム王が手を加える前の貧困街を思い浮かべていた。


鼻が曲がる程の腐敗臭。


笑う事も泣く事も忘れてしまった子供達。


ちょうどこの春の季節には、冬を越せなかった人々の死体が王の命により王都から運び出されていた時期だ。


貴族達から『貧困街が臭う』と苦情が上がったために行われる作業は、物言わぬ人間をただ王都から放り出すだけの血の通わない作業。


土にも埋めてもらえず、誰にもその生を尊ばれなかった人々を思うと、ルイスの心には今でも鈍い痛みが走る。


冷酷非道な国王に仕えていた時、ルイスは何度も主を殺しかけた。


彼が無意味に広く悪趣味なベットで寝ている時。


彼が貧困街で買ってきた女を悪戯に殺してしまった時。


彼が思い付きで『森林保護』を強行した事で、高価になった薪が買えず、多くの人々が冬を越せなかったと知った時。


己の腰にある剣を振り上げられるタイミングは多々あったのだ。


だが、ルイスにはそれが出来なかった。


(情けないな)


「あまり下を向いていると家屋にぶつかりますよ?」


自責の念に苛まれ、つい視線を落として歩いていると、後方から女性の声が掛かる。


「こんなに密集しているのです。一人よりも建物の障害に気を付けては?」


そこには紫色の髪を持つ、表情の乏しい少女が立っていた。


「・・・少し、考え事をしていてね。どうして外に?静かな町だけど安全とは言えないよ?」


許可もなく建物の外に出たエマを咎めるルイスの目は冷ややかだ。騎士としての権利を剥奪されたとしても、与えられた職務に対する姿勢は厳しい。


「私を守るの貴方の役目です。パンなど買いに行かずにしっかり見守って下さい。イザベラ様に怒られますよ?」


先ほどとは変わり、茶目っ気のある仕草で冗談を口にするエマの様子は、アーチーを陥れた時の芝居に似ていた。


「なにか。私に聞きたい事があるのかな?」


豹変したエマに対し、淡々と返事を返す。茶番に付き合うつもりはないと通じたのか、エマの表情も本来の無愛想なものに変わっていく。


「正直に申し上げますと、貴方という人間が掴めずにいまして。判断しかねているのです」


「判断?」


「ええ。貴方が敵なのか。それとも敵ではないのか」


(なるほど)


いくら護衛として付けられた人間だとしても、完全に彼女の警戒を解くのは難しいとルイスは悟った。


ルイスは元王専属騎士。だが今はイザベラとの交流が深く、リアム王が住まう王城には近づきもしない。


騎士として失脚した男が今は『イザベラ派』なのか『リアム王派』なのか、エマはそれをはっきりさせたい様だ。


「『味方』の選択肢はないの?」


「残念ながら。容易に『味方』を作れるほど寛容な人間ではありません」


「っはは。正直だね。私は芝居がかった貴方より、そちらの方が接しやすい」


「どうも」


軽い口調で話すルイスに無愛想な返事が返される。


素のままで居ていい。正直な方が接しやすいと評されたエマは、シンプルな会話を好むらしい。


「ここでは少し。・・・あちらに森の教会に繋がる林道があるのだけど。ご一緒に森林浴はいかがかな?」


紫の目が僅かに揺れ動く。ここまで警戒されると多少傷つくが、判断は彼女に任せるしかない。


ルイスとしても井戸端会議で済むほど軽い話題でもないため、エマが拒否する様ならば話を切り上げるつもりだった。


(でも、警戒心が強いからこそ。欲しい情報なのだろう?)


ルイスは催促する事なく、ただエマの返事を待ち続ける。


そして、暫く思案顔をしていた令嬢は、無言のまま頷いたのだった。






やはり来たことがあるとエマは昔の記憶を持ちだしていた。


そう遠い記憶ではない。


父親に初めて王都に連れて行かれ、その煌びやかさに驚いた。


そして、その裏側にある世界に衝撃を受けたのだ。


森の奥にある廃屋にも近い教会へと足を運び、父の指示通りにさつまいもを流通させ事も鮮明に覚えている。


その記憶が今まで霞んでいたのは、その後に父が犯罪まがいの行為を行い、王都の騎士に捕まりそうになった記憶の方が濃いからだ。


「前国王はこの地に人が住んでいる事など想像もしていなかったのだよ。彼が見るのは美しく飾られた場所だけだった」


ゆっくりとした歩調で隣を歩くルイスがポツリと口を開き始める。


過去の話をするルイスの表情は険しく、今でも前国王に対する憎しみが伝わってくる様だった。


「イザベラはそんな弟の行動を決して看過しなかった。表で彼女が王に苦言を呈する事はなかったけれど、裏では王を失脚させようと躍起になっていた」


「え!?イザベラ様がですか?」


予想外の真実にエマが驚きの声を上げる。


前国王の悪行に目をつむり、リアム王の反乱にも手を貸す事がなかったイザベラは、中立の立場であると皆が口にしていた。


(裏ではリアム王を支持していたのか?いや、でも・・・)


以前聞いた話によれば、弟を殺され、娘であるデイジーの婚約を一方的に破棄したリアム王をイザベラは影から潰そうとしていた。その様子を見るに、現在の彼女は『リアム王の敵』に思えるのだ。


今の彼女の心情は不明だが、前国王を討伐する以前は、リアム王を支持していたという事だろうかっとエマは推測する。


「・・・イザベラ様は。リアム王の味方だった?っという事ですか?」


「『リアム王』と言うよりも、『国民』の味方かな。彼女は冷酷な一面を持ち合わせているけれど愚者ではない。女性でさえなければ、最も国の頂点に相応しい人物だと思うよ」


ルイスの言葉を聞き、生誕祭の前日にオリビア妃が言っていた言葉を思い出す。



―イザベラ様は冷酷な裁きを下す事もあるけれど決して残虐な人間ではないのよ―



確かに彼女の広い知見にはエマでさえ首を垂れてしまう程だ。何よりも『冷酷』なイメージを持つ彼女の周りには、なぜか人が集まる。


冷酷な場面しか遭遇していないエマには理解が出来ないが、彼女の王族としての才能が人々を魅了させているのは事実だ。


「だが彼女は女性だ。私も表舞台に立って王に反逆出来る様な立場じゃないからね。そこで息子であるリアム王に目を付けた」


「目をって・・・王の反乱はイザベラ様が?」


「火を付けたのはリアム王本人だよ。でも若き反逆者が絶対的な権力を持つ国王に打ち勝てるほど世の中は甘くない。そこでイザベラは、弟から力を取り上げる事にした」


それが王専属騎士であるルイスの失脚。


「そんな事が・・・よく前国王が許可しましたね」


最も信頼のおける部下が戦前に自身の元から離れるなど、何としてでも阻止するのでは?とエマは不思議に思う。


だが、ルイスの表情はにこやかだ。まるで以前仕えていた主を小馬鹿にする様な笑いは、どこかノアに似ている。


「前国王はね。私の事を好いてはいなかった。耳障りの良い言葉も口にせず、侮蔑の表情を向けてくる者を王は嫌っていてね。彼から離れるのは簡単だったよ。彼は勘違いしていたからね。軍というのは頭がなくとも動くのだと」


やはり、前国王軍が敗北した原因はルイスの除隊にあるらしい。


弟の暴動を阻止しようと企てたイザベラ。


主へ強い憎しみを抱いていたルイス。


表舞台では全てがリアム王の手柄とされているが、陰で二人の人物が暗躍していたなど夢にも思わないだろう。


彼らは互いに目標を達成し、そして互いに口を噤んだ。イザベラとルイスの不可思議な信頼関係は、過去の協同によって築かれたのだろうとエマは思う。


そうとは知らない愚かな王は、ルイスという指揮官を失った軍で戦へ向かい、若き王の前に散っていったのだ。


そんな愚かな人物でも国王に成れるという真実にエマの背筋が凍る。


(リアム王はそこまで愚かではないけれど)


「・・・イザベラはね。リアム王を警戒しているよ」


青ざめるエマの心を察したのか、ルイスが真剣な表情で語り始めた。


「彼は民を思いやる心を持っているけれど、貴族の重要性を考えてはくれない。その考えはいずれ民を巻き込む大きな戦となる可能性を持っている。もしも、彼が暴走して国土を血で染めると言うのならば、イザベラは決して黙ってはいない」


何故皆そこまで暴露するのだと、聞きたくなかった現実を聞かされ、思わずエマの足が止まった。


隣にいた人物が見えなくなった事に気が付いたルイスが振り返ると、そこには血の気のない令嬢が佇んでいる。


さすがにエマの苦い表情を見て我に返ったのか、ぱっと表情を明るくし、陽気な声を上げる。


「だから、リアム王が権力を持ち過ぎないようにイザベラは調整しているのだよ!婚約破棄の件で怒りを露わにしたり、王族会議を前国王の地で開催させたりして、周りの貴族達にも見える形で自身の権力を主張しているからね」


なぜイザベラがリアム王に対して反抗的な態度を取るのかは分かったが、だからといって『じゃあ安心ですね!』などと口が裂けても言えない。


その行動に不服を持つリアム王がイザベラと争う火種にとエマを利用したのだから。


「えっと・・・疲れたし、戻る?」


一気に元気のなくなったエマを心配し、ルイスが困り顔で優しく声を掛ける。


『誰のせいだ』と口にするのをぐっと堪え、肝心な答えが貰えていない事に気が付く。


確認する必要もない質問だが、せっかくここまで付いてきたのだ。はっきりとした回答が欲しいとエマが口を開く。


「では、ルイス様はイザベラ様の味方。という事ですね?」


親しき仲ではないが、殆ど追放にも近い『ロックウェル』の名を口にするのは躊躇われる。


ルイスの気質なら許してくれるだろうと返答を待つと、ルイスが思案顔で黙り込んでしまう。


(あれ?やはり『ロックウェル』の方が・・・)


訂正しようと口を開こうとした時、見覚えのある優しい瞳がこちらに向けられた。


温かく、慈愛に満ち、無償で与えられる愛。


「私はね。最後まで王に歯向かう事が出来なかった。この手で何度も首を掻っ切ろうとしたよ。それ程近くにいられる立場だったからね。だけどその度に王城にいる息子の顔がチラついた」


(ノア、か・・・)


いくら愚王であろうとも従者がその首に手を掛ければ反逆者となる。


王族に牙を剥いた反逆者の家族がまともな人生を送れるとは思えない。ルイスは家族を犠牲にしてまで自身の正義を貫く事は出来なかったらしい。


「情けないよ」


エマの質問に対する直接的な回答ではなかったが、ルイスが誰のために動くのか、エマには予想が付いた。


そして、前国王が亡くなり、平和な時代が訪れた今でも自責の念にかられるルイスを見て思う。


(この人は誰よりも『責任』を重くとらえているのだろう)


家族を守る父親としての責任。


民を守る騎士としての責任。


結果的には騎士としての立場を失くし、家族からも疎外される状況になってしまったルイスだが、その責任だけを背負い続けている。


朗らかで物腰の柔らかいルイスの意外な一面にエマは驚いた。


と共に、自身の父親を思い出す。


仕事熱心な父ではあるが目的のためには手段を選ばず、時には家族中から批判されようとも行動を止める事はない。


恐らく父がルイスの立場であれば、自身は決して矢面には立たず、様々な方法で人間や資源を利用して理想的な状況を作り出す。


卑怯だろうと情けなかろうと勝利を手にした父は、あの細目を更に細くして、一点の曇りもない笑顔で拳を掲げただろう。


「貴方は自身の立場以外守れたのでは?家族を守り国を救ったのです。つまり『影の英雄』です」


「『英雄』?私が?」


リアム王が『英雄』と呼ばれるのであれば、陰の功労者であるルイスにはぴったりの称号だ。


だが、自身を責め続けていたルイスが受け入れられる称号ではないらしく、その言葉にただ苦笑いをする。


「はい。少なくとも私の父なら拳を高々にして言いふらすでしょう」


「・・・・それは『陰』ではないね」


「そういう父です」


以前に王都で詐欺を働き手に入れた金も、堂々と家族に見せつけていたのを思い出す。


母からは辛辣な言葉を浴びさせられ、子供達からも冷徹な視線を向けられたが、父は自身の功績を自慢げに話していた。


商売に関しては感情を表に出さない父も家族の前ではボロボロと本音が漏れる。


「私も父も商売人ですから、プロセスよりも結果を重視します。理想を言えば完璧かつスマートに事を進めたいですよ?でもそれは理想でしかありません。ルイス様は前国王の首を自ら切り落とす事が目標だったのですか?そうすれば自身の怒りや憎しみは収まりましたか?それとも貴方は、王の首を討ち、家族を守り、民を救う『英雄』にでもなれると思ったのですか?先ほども言いましたように貴方は『影』の英雄です。それが適当な称号であり、それ以上の称号を持てる身分でもないでしょう。非現実的な理想を掲げて、達成できなかった自身を責めるのはお止めになられては?」


励ましの言葉を掛けたかったエマだが、痛々しいルイスを前に、言葉が溢れ返る。


民に『英雄』ともてはやされるリアム王や堂々と社交界に君臨するイザベラと違い、ルイスはどう考えても損な役回りを担わされた。


国を救う大仕事をしたルイスは、結果的に周りからは軽蔑され、家族からも見放され、自身も自らを責め続けているのだ。


せめて自身を責めるのは止めて欲しいと口を開いたが、目上の男性を励まし経験などないエマからは挑発的な言葉が飛び出す。


さすがに失言かと思い、ちらりとルイスの表情を垣間見るが彼から怒りは感じられない。


むしろノアと同じ大きな目を輝かせ、じっとこちらを見つめていた。


「あ、あの。ルイス様?」


「ああ、すまないね。こんな正直な批判は初めてだよ」


(批判じゃない!!)


やはり『励まし』とは捉えられておらず、エマは声にならない感情を押し殺す。


なぜなら、『批判』を受けたはずのルイスは頭を掻きながら照れ笑いをしているからだ。


(なぜ照れる!?)


好意を持ち近づいてくる女性には見向きもせず、不愛想なエマを好むノアに対し、批判を浴びせられ頬を赤らめるルイス。


この親子は変態なのでは?っと疑問がよぎった時。今までで一番の笑みを浮かべたルイスがエマへその微笑を向ける。


「そうだ。さっきの質問だけどね。私はこの世界の誰よりもノアの味方だよ」


そう話すルイスは、父親が子へ向ける優しい瞳をしていた。

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