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26.春に咲く花は

気丈でいつも優しく微笑むオリビアが泣いている。


その細い腕は乱暴な男に強く掴まれ、今にも折れてしまいそうだ。


オリビアの涙を目にした途端、リアムの頭は一瞬真っ白になった。


父のオリビアに対する汚らわしい発言を聞いた時と同様、腰に差した剣を抜きそうな衝動に襲われる。


「こ、これはリアム王子。こちらへはもう通われていないと聞いたのですが・・・」


リアムの存在に男達が動揺を見せる。


リアムと共にオリビアの元へ駆けつけた修道女達も同様で、貴族だとは思っていたがまさか王族である事など想像もしていなかったようだ。


皆一様にリアムへと視線を集中させ緊張を走らせるが、当の本人は涙を流すオリビアを優しい瞳で見つめていた。


(衝動に駆られてこいつらを殺す事など容易い。が、それはきっと其方の言う『役割』ではないな)


血が上った頭を抑制するのはオリビアの存在。


無言で彼女を見つめていたリアムが意を決したように男達へ視線を移した。


それは先ほどの殺意に満ちた視線とは違い、強くそして気高い意志を持った目だった。


「彼女を離せ。命令だ」


若き王子でありながらも堂々とした貫録を見せるその姿に男達は迷いを見せる。


リアムがここに通っていた事を知るとすれば、王城の人間であることは予想が出来た。


オリビアに嫉妬を燃やすデイジーの差し金かそれとも息子の想い人に興味を抱いた父の使者かは不明だが、どちらにしろ王子である自身の発言を軽んじる事は許されない。


アイコンタクトを交わし意思を疎通していた男達がリアムへと向き合う。


「申し訳ございませんが、王子。これは御父上である国王様の命でございます。この教会の不正を正すため責任者であるこの女性を王城へ連れて行く必要があるのです」


男の言う『不正』が何かは不明だが、どんな理由であれ父はオリビアを自身の傍に置こうとしている様だ。


父の女に対する行動力と執着心に嫌悪しながらもリアムは冷静に思考を回転させる。


(俺よりも国王の命令に従うのは正しい決断だ。ならば、優先順位を変えてやろう)


顎に手を当て思案顔を作ると、リアムは困惑の声を上げた。


「そうか、父上の・・・ならば仕方なかろう」


リアムの下した決断に修道女達が騒めく。


絶対的な権力を持つ王族へ避難を口にする者はいないが、明らかに敵意を持った目で睨みつける強者も数名見て取れる。


若き王子の決断に胸を撫で下ろした男達は喜びの声を上げた。


「さすがリアム王子。未来の国王となられる方は素晴らしい決断をなさる」


「我らが騎士も有能な国王の誕生を待ち望んでおります」


国王からの叱責を逃れた男達は上面の賛辞を述べ始める。


彼らの言う『有能』さが権力に対する従順さだとすれば、きっと彼らは失望するのだろうとリアムは心の中でほくそ笑む。


「ああ、だが私も同行させてもらおう。彼女は私の知り合いでもある。それくらい許されるだろう?」


涙が収まりこの状況を冷静な目で観察していたオリビアに視線を向ける。


彼女の持つ聡明さのせいか、それとも少しはリアムの事を信頼してくれているのか、彼女だけはリアムに向ける目に敵意が見て取れない。


突然の提案に男達は再び動揺を見せるが、王子のせめてもの譲歩を無碍にすることは出来ず、渋々と頭を縦に振った。


「は、はい。もちろんでございます。では、私達が護衛を・・・」


「いや、護衛は私の専属騎士であるノアに頼みたい。面倒を掛けるが城から呼び出してくれ」


「は、はあ。かしこまりかした。ではすぐに城へ派遣を・・・」


「それから叔母も呼んでくれ」


「!!?」


リアムの要求に素早い対応を見せていた騎士だったが、イザベラの名を口にした途端、顔色が急速に悪くなる。


「イ、イザベラ様を?・・・あの、なぜでしょうか?」


国王の姉であり、実質国王よりも権力を持つとされるイザベラの存在は、どんな状況であっても人々へ恐怖を与えるらしい。


(今は叔母の持つ権威を利用するしか俺には出来ない。今は、な)


自身の無力さを実感しながらも、オリビアや修道女達から教わった『役割』をリアムなりに果たそうとしていた。


「知らないのか?ここは叔母が通う教会だ。彼女の許可なく責任者を連行したとなれば、大変な騒ぎになるだろう?」


実際、叔母がこの教会の存在を認知している事は知っていたが、どこまで関りを持っているかはリアムは把握していない。


また、弟である父の横暴を止めようともしない彼女が教会への非礼を咎めるとも思えなかった。


だが、彼女が神を崇める信徒であると知っている者であるならば、今の状況で下す決断はただ一つ。


「どうか、どうかそれだけはご勘弁を!!」


「この女性はお返しいたします!ですからどうか、私達にご慈悲を!!」


地面に頭を付けひれ伏した男達はあっさりオリビアを解放したのだった。






王城へ戻った騎士にはオリビアは寒い冬を越すことが出来ず命を落とした事、そしてこの教会がイザベラの通う土地だという事を伝えるようリアムは命令を出した。


それが彼らの命を繋ぐ条件であるとは口にしなくとも把握したはずだと彼は言う。


国王の騎士から解放されたオリビアは疲労した様子を見せながらも皆に自身の無事を伝え、今までの作業に戻るよう指示を出す。


心配は払拭されていない様子の修道女達だったが、冬の忙しい時期とあり渋々と作業場へと戻っていった。


オリビアは先程まで掴まれていた手首を擦ると、こちらを心配そうに見つめるリアムへと向き合う。


「助けて頂きありがとうございます。以前とは、少し、変わりましたね」


彼の装いが質素である事も気になったがそれ以上に彼の騎士に対する対応には驚いた。


以前のリアムであれば、ただ真正面に彼らと向き合い、その場限りの解決を強引に結んでいたであろう。


だが彼は、権力とやイザベラという人脈を使い、戦略的に彼らをひれ伏し、そして永久的な彼女の身の安全を確保した。


まさに彼が出来る最大限をやってみせたのだ。


「ああ。其方の言う『役割』がやっとわかった気がする。・・・なあ、オリビア」


「?はい」


優しそうに微笑んでいたリアムの表情が真剣なものへと変わる。


余りにも真っすぐな視線を痛いほど感じるオリビアの頬がほんのりと赤みを帯び始めた。


彼は王族であり住む世界が違うと自身に言い聞かせるのだが、その青く輝く瞳から目を逸らすことが出来ない。


「今の其方にとってこの教会で貧しい者を助け、そして彼らが自らの足で立てる力を持たせるまでが役割なのだろう」


修道女達から聞いたのだろう。


長年オリビアが取り組んできた事を彼は把握していた。


金も権力もない自身に出来る精一杯を父の背を見ながら続けてきたのだ。リアムの言葉に異論のないオリビアが無言のまま頷く。


「其方の持つ役割は素晴らしいものだと思う。だがな、私は自身の全てを使ってこの教会の、いやこの街の人々の可能性を広げたいとそう考えるようになったのだ。其方たちの影響なのだろうな」


そう話す彼は照れ臭そうに笑い、その希望に満ち溢れた瞳をまぶしいほどに輝かせている。


リアムが何をしようとしているのか、彼が起こす行動がこの街をどう変えていくのかは想像もつかないが、彼を通して見える未来は今よりも明るい気がするのだ。


「だが私はまだまだ未熟者。若気の至りか血の気が多く、時には暴走してしまい『役割』を見失う事もあるだろう。以前の私がそうだったように・・・だから、だからなオリビア・・・」


彼は言葉を続けながらもポケットから取り出した何かをオリビアの髪へと付ける。


自身の頭に飾られた物を目にする事は出来ないが、代わりにリアムの満足そうな微笑を見る事が出来た。


「其方には新たな役割を担ってほしい。そのためにも私は必要な環境を整える。しばし会えなくなるとは思うが、どうか忘れないでほしい。私は必ず其方を迎えに行く事を。そして思い出してほしい、この髪飾りを渡した男はどんな時でも其方を想っている事を・・・」


そう告げたリアムはオリビアの艶やかな髪を優しくなで、そして、そっと唇を合わせる。


彼が頭に描く未来は鮮明に見て取る事は出来ないが、彼が自身を求め、そして新たな道を共に歩もうとしている事はオリビアにも伝わっていた。


(ああ、私はきっと、彼と共に生きるのだろう)


短い期間で急成長を遂げたリアムだが、本質はまだまだ真っすぐで不器用で、そして正義感に溢れた青年だ。


だからこそ、オリビアはそんな彼を支えたいと心の底から思えたのだ。


リアムの優しい抱擁を受け入れるオリビアの頭には、赤く輝く花の髪飾りがきらりと光る。


その花の名は春の始まりに咲き始めるアネモネ。


花言葉は、


『君を愛す』。



リアム王とオリビア妃の出会いを正確に知る者はおらず、人々の興味をそそる場面や状況に変化を遂げていく。


だがその奇跡の出会いはどんなに形を変えようと、愛を信じる令嬢達の間でいつまでも語り継がれるのだった。


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