24.役割
父から不快な話を聞かされた翌日。
リアムは数カ月ぶりに教会を訪れていた。
オリビアとの接触に難色を示すノアの目を掻い潜り城を出たリアムは、護衛も連れずに一人貧困街へと足を踏み入れた。
トラブルを避けるため町で平民の服を購入したリアムは、さらに念のためローブを深々と被り顔を隠す。
ノアと共に何度も足を踏み入れた場所だが、その度に自身の服装や持ち物に目の色を変えた輩が絡んで面倒であった事を覚えていたのだ。
暗くて寒い路地を抜けると、人が住んでいるとは思えない廃屋が現れる。修道女達が寝泊まりする宿屋だ。
相も変わらず錆びれた建物の周辺には心なしか畑の面積が増えているように見えた。
耕された畑には何も植えられておらず、広くもない土地で何を作ろうとしているのかと憶測する。
「まだあいつらいるのよ」
「全く気味が悪い。じろじろ見るだけで話し掛けても答えやしないし。何が目的何だか」
畑の観察に気を取られながら歩いていると、どこからか女達の声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声の方向に歩みを進めると、そこには以前、リアム達の訪問を喜んで迎えてくれた修道女達がいた。
宿屋と教会の丁度裏手にある場所で何やら集まって仕事をしている様だった。
まだまだ肌寒い気候ではあるが腕まくりをして作業をする彼女達にリアムは懐かしさを覚え思わず微笑む。
「暇なんだろ。金持ちが考える事なんて私達には・・・って、あれ?リアム様?」
しゃがみながら作業をしていたため腰を伸ばそうと立ち上がった修道女の視界にみすぼらしい衣服に身を包んだリアムが映った。
一瞬その装いに戸惑いの表情を浮かべたが、さすが貧困街の人間を見慣れていると言うべきか、事情も聞かずに満面の笑みで出迎えてくれる。
「お久しぶりですね。元気してましたか?」
リアムの身分も知らず、素直な反応を返してくれる彼女達にリアムは心がすっと軽くなるのを感じていた。
周囲は偽りの仮面をかぶり、嘘や耳障りの良い言葉を口にする者ばかり。だからこそ、彼女達の純真さが心にしみるのだとリアムは思う。
「ああ。皆も変わらない様でなによりだ。それよりも、先程話していた『あいつら』とは誰だ?」
感動に打ちひしがれている場合ではないと、彼女達が話していた内容について追及する。
実の父である国王がオリビアに目を付けているという状況では、どんな人物も警戒する必要があるのだ。
「え、ああ。最近変な奴がうろついてましてね。でも大丈夫ですよ!この教会にいる女どもは強者ぞろいなので」
額にたまった汗を首に掛けた手ぬぐいで拭いながら、修道女は爽やかな笑顔を見せた。
その言葉はリアムにとって信憑性がある。
最後に見たオリビアはそれは見事な蹴りを男達にお見舞いしていたのだから。
教会とは言え立地は貧困街だ。
女達だけで成り立つには金か人かそれとも武力か、それなりの理由があるとは思っていたが、まさか女達に戦闘能力が備えられているとはリアムは思っていなかった。
「そうか。用心はしてくれよ。それで、その・・・オリビアはいるか?」
頬に若干の赤みを帯びたリアムが視線を泳がしながら女達に尋ねる。
あからさまに動揺を見せるリアムの反応をデイジーやノアなどの近しい者ならば敏感に反応したのだろうが、生きる事に精一杯な貧困街の女達はその変化に気が付かない。
「オリビアなら今は街に出てるよ。殆ど自給自足みたいな状況だけどそれでも店でしか手に入らない物はあるからね」
苦笑ともとれる笑みを浮かべながら女は再び腰を下ろす。
どのような方法で金を入手しているのかは分からないが、彼女達が苦痛を浮かべてしまう程に出費が痛い事が感じ取れた。
いつものリアムであれば懐にしまってある財布を取り出し彼女達に手渡していたであろうが、最後に見たオリビアの苦悩の表情が脳裏をよぎり行動に移せない。
(何が間違っていたのだ)
彼女が言った『本当の救い』が何なのか、それが分からなかった。
「・・・・?それは何をしているのだ?」
リアムが黙考している間、忙しい日々を送る女達は黙々と作業を続けていた。
土を掘り起こした穴の中に大量の藁が敷き詰められており、その上に何やら赤紫色をした物体を乗せている最中だった。
「ふふふ。これは『さつまいも』と言って、私達の秘密兵器となる代物ですよ」
不敵な笑みを浮かべる女達は、瞳を輝かせながら『さつまいも』を丁寧に並べていく。
見た事もない物を『秘密兵器』と称され若干驚いたが、気を利かせた年配の修道女に彼女達の兵器とは食料を意味する事だと教えられ納得する。
女達の話によると、先日他の領地から購入した『さつまいも』は、保存性も高く、調理も簡単で冬の苦しい時期を支えてくれるであろう最強のパートナーとなる代物だと言う。
さつまいもを植える時期は春との事で今は種芋が腐らない保存方法を皆で色々と試している最中だった。
業者から渡された種芋を嬉しそうに眺めている彼女達を見て、意地の悪い考えが浮かぶ。
自身も数カ月前は度々ここを訪れ食料や資材を提供し喜ばれていたのだ。
その役割を一度の訪問で奪われた気がして子供じみた嫉妬が生じたらしい。
「その業者も、苗ではなく食料を持って来ればよいものを」
わざわざ自ら育てる必要がある苗を持ってくるよりも、直接食料を持って来さえすればもっと教会の人間を救う事が出来るのではと皮肉が漏れる。
だがそんなリアムの言葉に修道女達は大袈裟と思える程首を横に振ったのだ。
「確かに直接食料を持ってきてもらえば一時的には飢えから救われますがね、でもこの貧困街の慢性的な飢えを解決する事にはならないのですよ」
そう言うと女は駆け足で倉庫に向かい、何やら汚らしい袋を手に戻ってきた。
袋の中からごそごそと取り出したのは様々な形や色をした種だった。
「これはね、教会を訪れた子供達に畑づくりを教える時様に使う種なのですよ。みんな学もないし持っている技術と言えば畑づくりだけでね。この都市は貴族様でなければ人として見てもらえず、金を稼ぐことも十分なご飯にあり付く事も出来ないからね。せめて畑づくりの技術を沢山詰め込んで子供達にはこの都市の外で自由に生きて欲しいのですよ」
だからこそ業者から貰った種芋とそれを育てる知識を得る事は直接食料を与えられるよりも大きな価値を持つと女は続ける。
もちろん過酷な冬を乗り越えるためにも保存が長く供給の少ない薪の消費を抑えられる『さつまいも』は教会にとっても貴重品であり、業者から購入するよりも自分達で栽培したいという思いもあった。
「『生まれながらにして価値のない人間などいない。ただ、その役割は生まれた環境や与えられた立場によって異なっていく。それを見極め己の正しい道を歩む事こそ天の道なり』ってこの教会じゃ教えていてね。ただこの都市じゃ平民は役割を果たすための知識も技術も与えてもらえないからね。だからそれを私達が教えようとしてるんだ。それが教会に身を置く人間の役割ってところかな」
からからと豪快に笑う女達は、自身の身に降りかかる不遇など気にも留めず清々しい生き様をしていた。
(父が見捨てた人間達が、国王の代わりに人々を救済している)
古着を身に纏い、化粧気のない顔に土を付けて笑う彼女達の姿がリアムには神々しくさえ思える。
それは最後にオリビアを見た時と同じ、信仰とも呼べる感情が再び湧き起ろうとしていた。
あの時と違う点があるとするならば、溢れるその感情をリアムが押し止めようとしない事だけだろう。




