22.大輪のひまわり
騎士の中には、見知らぬ男に高価な品を渡す事に難色を示した者もいたが、この場を平和に収めたいリアムの許可によりデイジーは無事、男へ『証』を渡したのだった。
「リアム。お話だけよ。ね?いいでしょ、お話だけなら」
男と別れたデイジーは、上機嫌な様子でリアムの腕を取る。
「ああ」
感情の起伏が激しいデイジーを刺激したくないため、不器用な返事を返すが、その反応を『嫉妬』と捉えたデイジーが更に上機嫌になる。
今は男に首飾りを上げてしまったため『胸元が可愛くない』というデイジーのために王族御用達のジュエリーショップに向かっている最中で、ノアが引き連れる騎士達もその我儘に付き合わされていた。
王家御用達ともなれば店に入れる人物も限られており、万全の警備が整った店内にぞろぞろと騎士達が入店する事はない。
リアムとデイジーを店まで見送ると、ノアは騎士達へ待機命令を出し元来た道を駆け足で戻っていった。
目的は先ほどの狐男とローブの女だ。
デイジーが王族である事、そして彼女の存在は危険であり、これ以上の接触は控えた方がいい事を伝えに向かったのだ。
暫く道のりを戻ると、質素なローブを深くかぶった人物が道端で立っているのが見えた。
狐男は不在の様で、ノアは仕方なくローブの女へと声を掛ける。
「先ほどはすみませんでした。彼に怪我はありませんか?」
どう声を掛けるべきか迷ったが、取り敢えず敵ではない態度を示したかった。
声を掛けられた女は一瞬、息を吸い込む音が聞こえたが、ノアの言葉に返答を返す様子はない。
「あの。私は貴方達に忠告に来たのです。彼女は国王様の姪にあたる方です。彼女は外見は美しいのですが感情の起伏が激しく、もしかしたら貴方達に危害を及ぼす存在になるかもしれません。ですから、どうか今後は彼女に近付くのは・・・」
「彼女に会う事は二度とありません」
ノアが言い終わる前に女ははっきりと告げた。
自身の説得が通じたと言うよりも、最初からデイジーには会うつもりがない言い方をされ、ノアが困惑の色を浮かべる。
その様子に気付いた女は小さな溜息を付き、そしてノアに深々と頭を下げた。
「あれは父が仕組んだ事です。投獄するのでしたら父だけを連れて行ってください」
ローブから一房こぼれ落ちた薄紫色の髪は見えたが、彼女の表情は覗えない。
事情を聞くために顔を合わせて話そうとローブの中を覗きこもうとした所、素早い動作で避けられてしまう。
「私は無実です」
「いえ、そうではなくて。どういう事か説明して頂けますか?」
騎士であるノアに顔を暴かれてはいけないと警戒心を浮かべる女に対し、出来るだけ優しい声色で声を掛ける。
こちらに身柄を拘束する意思はない事を伝えたかったのだが、彼女は情報と引き換えに自身の身の安全を約束してほしいと懇願してきたため話に乗ることにした。
「父は最近、国王様が決定された『森林保護』の影響により薪の単価が高騰している事に悩んでおりまして。どうにか損失を挽回したいと考えていたみたいです。そこで目を付けたのが王族の令嬢でして・・・」
「ちょっと待ってください。なぜ彼女が王族だと分かるのです?」
デイジー・マリアーノという名は社交界では有名ではあるが、どう見ても平民である人間が彼女の顔を知っているとは思えない。
王族の情報が他所へ漏れていると怪しんだノアが警戒心を高める。だが、女は緊張感のない様子で『いやいや~』と首を横に振り、彼の誤解を解き始めた。
「どう見ても王族でしょう。あんな人通りの多い道を大勢の護衛を連れて我が物顔で歩くなんて、王族の特権じゃないですか」
直接的な言葉は使われなかったが、恐らく『横柄な振る舞いが許される存在』であると言いたいのだろう。
「・・・続けて下さい」
抗議をしたいところだが間違った解釈とは思えないノアは、女に話の続きを促した。
「はい。それで彼女に目を付けた父は彼女との接触を試みます。肩をぶつける程度でも良かったのですが、それでは立ち止まってもらえる確率も低いので、わざと強めに行ったようですね。本人は頭なんて打ってませんし」
どうやら頭部を抑えていたのは芝居だった様だ。
自分から当たりに行って跳ね返されるほどデイジーは巨体ではないし、狐男も吹き飛ばされるほど小柄ではない。
『やれやれ』と呆れながら事件の全容を語る女もその作戦を知りながら加担している様子が窺えたが、女に口を閉ざされては困るノアは言葉を飲み込んだ。
「それで?」
「それからは見た通り、人心掌握術を使って彼女を誘い込み、お目当ての品を手に入れた。それで終わりです。あ、後、今は金に換えるため質屋に向かってます」
どうやら本当に父を庇う気持ちなどない様で、現在の居場所までもを丁寧に教えてくれた。
もちろん彼を捕まえる気はノアにはない。
ただ、その男の狡猾さや計画を実行する胆力に驚嘆するばかりだ。
「危険な方ですね。もし、彼女に怪しまれたらと考えないのでしょうか」
デイジーが命じればノア達は二人を城へ連行していた。
さらに王族を騙そうという姿勢が見えれば、デイジーのみならずリアムでさえも怒りを露わにする可能性があった。
父の行動力を懸念するノアへ女は淡々と答える。
「頭の切れる人物であれば父も手を引いたでしょう。ですから、父は彼女を試しました。言っていたでしょう『大輪のひまわり様な女性』と」
「・・・それが、何か?」
「おかしいと思いませんか?この寒空の下、夏に咲くひまわりを取り出してくるのです。しかし彼女はその意味に頓着しなかった。・・・ひまわりの花言葉は『憧れ』や『貴方だけを見つめている』」
「素晴らしい誉め言葉です」
出会ったばかりの女性にそんな甘い言葉が吐ける男をノアは信用しないが、花を愛する女性にとっては貰って悪い気のする言葉ではない。
「はい。ですが『大輪のひまわり』は違います。意味は『偽りの愛』、『偽りの富』と貰って嬉しい言葉ではありません」
「ですが、そんな事、知る人間など・・・」
花言葉など考えた事もないノアにとって、同じ花にも二重の意味があるなど想像もつかない。
「男性はそうでしょう。ですが彼女は上流階級の女性。嗜みとして知っているのは当たり前かと?」
花を愛でる淑女はその花達を時には贈呈の品に、時には大切な人への手紙に添え、思いを伝える。
薔薇の花しか送らない男性とは違い、女性達はその繊細な気遣いを楽しんでおり、送る花に失礼がないよう知識を頭に入れておくのだ。
だが、デイジーは違う。
彼女からリアムに送られてくる花はいつも決まってピンク薔薇で、その意味は『ディみたいで可愛いでしょ』と言っていたのを思い出す。
その無知さが災いし、狐男が仕込んだ毒にも気が付かずに高価な代物を譲渡するという愚かさに繋がったのだ。
「なるほど。お見事です」
事の顛末を聞いたノアは、自身の役割は終えたと女へ別れを告げようとした時。
「あれ?エマタンなにしてるの?」
声の方へ視線を向けるとそこには、先程までなかった大きな袋を大事そうに抱えた狐男がいた。
どうやら戦利品の売却に成功したらしい。
ノアの存在に見覚えがないのか怪しげな視線を送る狐男に女が淡々と説明する。
「貴方の罪を告白していました。王城の牢は冷たいでしょうが、食べ物は豪勢なはずです。さあ、それを渡しなさい」
そう語る女は狐男の持つ袋を強引に奪おうとする。それを察した狐男が袋を空高く掲げ、背丈の低い女は触れることすら出来ない。
「ま、待って!エマタン!パパを売っちゃったの?もお、そういう狡猾なところ・・・パパそっくりだ」
娘に売られてた父親も娘に劣らず変わり者の様で、彼女の行動を満足そうに褒めたたえていた。
「黙りなさい犯罪者。せめてもの救いとしてその軍資金だけは領地へ持ち帰ります」
平然とした声色で父を騎士へ突き出そうとする娘とその娘を愛のこもった眼差しで見詰める父のやり取りを呆然と見つめていたノアが我に返る。
「あの、いえ。貴方を捕まえろという命令は出ていません。ただ、金輪際、先程の女性に近付かないで欲しいだけです」
ノアを取り残して話を進める親子を止めるため、自身が追ってきた理由を狐男にも説明する。
狐男は警戒心を解く事はなかったが、やはりデイジーの前に二度と現れるつもりはないらしく、ノアの言葉を承諾した。
(しかし、娘の前であんな芝居をするとは・・・)
金品が目当てであったにしても、娘の前で他の女に甘い言葉を囁く狐男に軽蔑の感情が湧く。
騎士の家系に育ったノアにとって、不誠実な男は受け入れ難い存在だった。
だが、デイジーの父親であるアーチーは、イザベラの不在中に何人もの女性と浮名を流している事実を思い返し、まだマシかと目を伏せる。
「一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
話は済んだとばかりに切り上げようとする狐男にノアが声を掛ける。
まだ何かあるのかと疑心に満ちた視線を注がれるが、いつも通り張り付けた笑みを浮かべながら話を続けた。
「なぜ王族を狙ったのですか?貴族であってもあのような宝飾品は持ち歩いていると思いますが」
こんなにも警戒心の強い男がわざわざリスクのあるデイジーを狙った理由が気になる。
国宝品ならまだしも、デイジーが渡したのは高級品ではあるが金さえ払えば誰でも手に入る代物。
王族を相手に詐欺を働く程の価値は無いように思えたのだ。
ノアの質問に吊り上がった目を微かに開いたが、すぐに元のにこやかな狐顔に戻り鼻を鳴らした。
「なぜって、権力を持った狡猾な人間ほど恐ろしい者はないけど、権力の使い方を知らず威張り散らすだけの人間ほど愚かで付け入りやすい者はいないよ」
そう話す狐男は正に狐が取り憑いた様な狡猾な笑みを浮かべていた。
「じゃ、僕達は領地に帰るから、君も早く戻りなさい」
犬を追い払うように手を振ると娘の手を引っ張り、急いでその場を離れる。
腕を引かれた娘は一度会釈をすると最後までそのローブを取ることなく去っていく。
残されたノアは、きっと二度と会う事がないだろう親子の背中に一礼するとリアム達が待つジュエリーショップへと駆けて行った。




