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20.さつまいも

貧困街に建った教会には、今にも息絶えてしまいそうなほど弱弱しい人間が救いを求めて訪れる。


そんな人々に対し、オリビアは慈愛の心を持って対応するのだが、中には弱者の皮を被った悪人も混ざっているため無条件に受け入れる事はしなかった。


少し前までは、若き王子を利用しようと輩が度々教会を訪れていたが、今はそれもパタリとなくなった。しかし、最近になって新たに怪しい人間の影がちらつき始めたのだ。


彼らは教会からの配給を受けるわけでも、ましてや神に祈りを捧げるのでもなく、ただ教会の外でこちらを見張っている。


「また来てるわ。気味が悪い」


「かれこれ一週間よ。一体何が目的なのかしら?」


彼らの存在に気が付いているのはオリビアだけではない。


冬場に食べようと倉庫にしまっていたジャガイモを川で洗いながら修道女達がヒソヒソと話していた。


まだ肌寒い季節の水は凍えるほど冷たいのだが、過酷な環境に慣れている女たちは時々手に息を吐きかけながら黙々と芋を洗う。


「噂じゃどっかの金持ちに雇われてるって聞くよ」


「金持ちが貧困街の教会なんて用もないだろうに、金持ちっていえばノア様とリアム様は元気にしてるのかなぁ」


彼女達はリアムが王族という立場にあり、そしてノアがその専属騎士だとは知らない。


元々学のない人間達の集まりであるため、王族の名を把握していない者が貧困街には多いのだ。


「さあね。あ、でもこの前、子供達がお二人を見かけたって言ってたよ。なんか派手な女を連れて歩いてたってさ」


「きっと私達と違って身分の高いお嬢様なんだろ。世の中不公平だねぇ」


「あの、冬用の種を持って来たの者ですが、どちらに運べばよいでしょうか?」


ため息交じりに芋を洗う修道女の背後から若い女の声が掛けられる。


「あ、ああ。確かカールソンの所の・・・。あんた一人かい?」


驚きの混じった声で対応する修道女の前には、か細い体つきをした少女が一人立っていた。


薄紫色をした髪を持つ少女は上質とは言えないが清潔感のあるローブに身を包んでおり、明らかに外部の人間だと見受けられる。治安の悪い貧困街に無防備な少女を一人で向かわせるなどと、と修道女は眉を顰めたが、それを察した少女は首を横に振りそれを否定する。


「いえ。父が教会の前で待っております。ここは女性の方が多いので、私だけ入らせて頂きました」


よく見れば少女はパンパンに荷物が詰め込まれた荷物をいくつも抱えており、それを表通りからここまで一人で運ぶのは困難だと思われた。


少女の説明に胸を撫で下ろした修道女は、川で濡れた手をスカートで拭くとにこやかな笑顔を少女に向ける。


「そうかい。そうかい。やあ、わざわざ辺境の土地から悪いねぇ。倉庫はこっちだよ」


人懐っこい性格の様で、倉庫までそう遠くない距離を案内しながら修道女は楽しそうに少女へ話し掛ける。


訪れる人間と言えば飢えに苦しむ子供か怪しげな男達が殆どで、彼女達も『客人』と呼べる存在が嬉しいのだ。


「いえ。領地を御贔屓にして下さり感謝しています」


「あらぁ、若いのにしっかりしてる事」


少女は表情が乏しく返される言葉も淡々としたものだったが、決して礼儀を欠いていない対応は修道女達にとって好感を持てるものだったらしく、倉庫に着くまで話し声が止む事はなかった。


教会の裏側に設置された倉庫はだいぶ年季が入っっており、3人係で押してやっと開くほど扉が錆びている。


土埃の舞う倉庫内には、少量の薪と食物が置いてあるだけで冬を越すのに十分な資源とは言えなかった。


「こちらでよろしいでしょうか?」


殆ど空と言っていもいい倉庫内には物を置くスペースがあり余っていたが、少女は修道女達に許可を取り荷をほどき始めた。


「たくさん持ってきてくれたねぇ。有難いよ。ん?これは、芋かい?」


「はい。じゃがいもとは違い甘味を持った『さつまいも』です」


少女の持って来た荷物の中には変わった外形の芋がいくつか入れられていた。


さつまいもと呼ばれたされは形状が細長く、地味なじゃがいも比べ毒々しい赤紫色をしている。


「食べられるのかい?」


見慣れない食材を前にした修道女が訝し気にさつまいもを眺める。


「今は食べてはいけません。これは冬の間保管して種芋に使ってください。収穫は秋頃になりますが、正しく保存すれば半年ほど保管できます。また、蒸してから天日干しをすれば2か月程持ちますので、芋を調理するのに度々火を起こす手間も省けるかと思いますよ」


淡々と語る少女の顔を凝視しながら、修道女達の顔に喜色が表れ始める。


冬の生命線ともなるじゃがいもの保存期間は3カ月程で春の始まりまで持ってはくれない。保存は効くが値の張る小麦を手に入れられない貧困街では、冬の終わり頃が最もひもじい時期なのだ。


また、薪の供給量が乏しいため火を多用したくはないのだが、一度蒸したじゃがいもは数日で腐ってしまうため冬場に何度も薪を焚く必要が出てくる。


食事のためにと極寒の中、就寝を強いられている修道女達にとって薪を節約できる食料は天の助けと呼べるほど衝撃的なものだった。


「ほ、本当にいいのかい?こんなに貴重な物をもらって・・・」


遠慮がちな態度を見せながらも手にしたさつまいもを決して離そうとしない修道女に少女がこくりと頷く。


「ここの地帯では貴重ですが、私達の領地ではじゃがいもと同じ価値です。それに正直これは試作段階でして、この土地に合うかわ・・・っわ!」


強い期待のまなざしを向けられた少女は尻込みしていた。が、そんな少女の細い手を強引に引き寄せると修道女達は逞しい体で力いっぱい抱きしめる。


「いいのよ!必ず私達が成功させて見せるわ!芋と言う芋を『さつまいも』に変えてみせる!」


「いえ、じゃがいもも貴重ですから同時に・・・」


「倉庫を干し芋だらけにしてるわ!!」


「倉庫は平等に使わないと・・・あ、いえ。どうぞお願いします」


輝かしい未来を夢想し興奮する修道女達に水を差すのも悪いと考えた少女はそっと口を閉じた。






「ねぇ。どーして修道女なんかに会いに行ってたのぉ?」


広々とした表通りを歩いているのだが、リアムの肩身は婚約者の存在により窮屈なものになっていた。


『修道女』を教会の施設か何かと勘違いしていたデイジーは、それが女性と知った途端、血相を変えリアムに詰め寄ってきたのだ。


べったりと腕に絡みつくデイジーを煩わしく感じながらも、彼女の嫉妬心が教会の者達へ向かう事を恐れたリアムはその腕を振りほどけない。


「何度も言っているだろ?飢えに苦しむ人々のために食料を運んでいたと・・・」


「じゃあなんでまだ貧困街があるのよ!?リアムの嘘つきー!」


脳が単純な構造をしているデイジーには、貧困街の飢えが多少の補助で解消される程度に思えるらしい。


先日まではノアの後を付け回し、周りの人間には『リアムよりノアがいい』と吹聴していたと言うのに、リアムが他の女と接触しているという噂を耳にした途端、態度を豹変させた。


追いまわしていたノアを護衛に付け、再び婚約者の腕にすがり付くという軽薄な行動をデイジーは何事も無くこなすのだ。


「デイジー様。前を向いて歩かなくては、人と衝突してしまいますよ」


後ろを歩くノアに注意を受けたデイジーは、それをノアの『嫉妬』と都合よく解釈し、猫なで声を出す。


「もぉ、ノアったら心配性ね。ふふ、そしたらノアが受け止めてくれるでしょう?」


婚約者の腕にぶら下がりながらも後方のノアに媚びを売ると言う離れ業も容易にこなせる様だ。


「そうではなく、本当に人に・・・っあ!!」


「っきゃ!!」


「っわ!!」


振り返りながらノアに視線を送っていたデイジーと路地から現れた人物が衝突する。


不愉快なデイジーを目に入れない様にしていたリアムは、その突然の出来事に対応できずデイジーは転倒してしまう。


後方に控えていたノアもリアムが隣にいる事に安心していたためデイジーを助ける事は出来なかった。


「いたた」


「大丈夫?ちゃんと見てから通りに出ないと駄目だよ」


デイジーと衝突した人物は転倒はしていないが壁に頭をぶつけた様子で後頭部を擦っている。


駆け付けた連れと思われる人物が怪我の様子を気にしながらも小言を口にする。


両者とも自分達の事に夢中で後ろで倒れるデイジーには目もくれていなかった。そんな状況をプライドの高いお姫様が見逃すはずもなく、


「な・・・なにするのよー!!!」


公衆の面前で恥を晒された怒りを更に上書きする様な大声を上げ、貧相なローブを身に纏う二人へ敵意を露わにした。


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