18.強い貴方の真実
新緑が息を顰め、一部の葉がその身を染め始めた頃、リアムは人の子位ありそうな袋を抱え汚い路地裏を歩いていた。
「リアム様。お持ち致します」
「いい!付いてくるならせめて黙っていろ!」
気遣うノアを跳ねのけ小麦がパンパンに入った袋を持ち続けた。
貧困街の教会へ初めて足を運んでから数カ月経つが、リアムはほぼ毎日の様に教会へ通っている。
イザベラからは『信仰心が身に付いたか』と褒められたが、実際の目的は全く異なる。
「あら、今日もいらしたわ」
「っきゃ!リアム様!ノア様!」
教会へ辿り着くと畑仕事をしていた修道女が二人を出迎える。
最初は警戒していた者達もリアムが訪れる度に食料を持ってくる事と暇を持て余したノアが教会の仕事を手伝う姿に心を許し始めていた。
何よりもローブを外した二人の姿に魅了された女性たちは一瞬で彼らを受け入れ、わざわざ飲み物まで用意する者までいる。
と言ってもここは貧困街。用意されるのは川の水を殺菌のため温めただけのお湯だが、彼女達の好意はリアムの乾いた心を癒していく。
「ご苦労様でございます」
唯一歓迎してくれない人物と言えはオリビアだろう。
初対面でリアムの暴力を受けたオリビアは、ノアの様な張り付いた笑みを浮かべ交わす会話も最低限にとどめている様だ。
一度、彼女の名を尋ねてみたが、
「大した名ではありません」
と優しい拒絶をされてから、リアムはその質問を口にしなくなった。
主を思いやったノアが他の修道女から聞き出し、やっと彼女が『オリビア』である事を知れたくらいだ。
彼女の対応を無礼だと捉えているノアは、教会へリアムが足を運ぶことを快く思っていない様だ。
また、度々王城を離れるリアムに対し、婚約者であるデイジーも不満を募らせている。
そのため、ここに通うのも難しくなっていると感じたリアムは、今回の訪問でオリビアへ謝罪をし許しを請う事を決めていたのだ。
修道女に連れ去られるノアの姿を見送った後、労いの言葉を述べるとすぐに離れていってしまうオリビアの後を追い掛けた。
何度か彼女の後を追った事はあるのだが、彼女は無数に作られた畑にも日に当てられた洗濯物干し場にもいなかった。
残された場所は神に祈りを捧げる祭壇か食料を保管する倉庫のみ。
持って来た食材がいつの間にか手を離れているところを考慮すると、恐らくオリビアは倉庫にいると思われた。
彼女の後を追い、倉庫へと歩みを進めていると教会では一度も見た事のない屈強な男達が何やら怪しい会話をしているところに遭遇した。
「どう考えても普通の人間じゃねえだろ?」
「確かに、毎日大量の食糧を持ってくる労力と資金・・・ありゃかなりの金持ちだ」
身を隠したリアムの存在に気が付く事もなく、男達は物騒な話を続ける。
「だろうな。だが、護衛は一人。しかもあんなひょろっこい男だ。俺ら二人で十分片付けられる」
「ああ、しかも面がいいからな。二人共奴隷商に売ればいい金になるぜ」
どうやら男達の目当ては自身とその従者らしい。
へらへらと笑みを浮かべる男達に呆れながらも、早くその場を離れてくれないかと願う。
二人の男達が邪魔で倉庫へ辿り着けないのだ。
苛立ちを募らせながらも辛抱強く待ち続けていると、聞きたいと思い続けた声が耳に届く。
「ああ?お前には関係ないだろ!?」
その声はガサツな男達に紛れながらもよく通り、どんな騒音の中でさえリアムの元へと辿り着くのだ。
「貴方達には貴方達に与えられた神の使命があります。それに逆らってはなりません」
オリビアは怯えもせず、だからといって攻撃的な様子もなく、ただ野蛮な男達を前に純真な瞳を向けている。
目の前の男達同様に汚らしい衣服を身に着け、頬や手は所々泥が付いているのだが、その姿はどんな身分の人間よりも神々しく見えた。
(信仰心と呼ぶならば、それもよい)
屈強な男達を前に気高い姿勢を崩さないオリビアに見とれていると、男達が怒気を強め始める。
「俺らはあんたらの『慈悲』は受け入れても、信者になった覚えはねーぜ!!」
短気な男共はあろうことかオリビアの肩を乱暴に掴み、威嚇し始めた。
細く弱弱しいその肩を下品な手が触れた途端、リアムの中で何かが壊れる。瞳に怪しい光を宿しながら音もなく男達に近付き、そして、
ッドン!
男の巨体が宙を舞った。
それは何とも美しい弧を描き激しい地響きを起こしながらリアムの前へと崩れ落ちる。
「・・・って、てめー!!」
一瞬放心状態になったもう一人の男もオリビアへと襲い掛かった。
が、結果は同じ事。
オリビアの美しく細長い足が彼のみぞおちを捉えるとその体は面白いほど吹き飛んでいく。
「っぐえ!!」
先ほど吹き飛ばされた男の上に男の体が重なる。
吹き飛ばした張本人であるオリビアは涼しい顔で土埃を払っていた。
「あ・・・」
目の前の現実が信じられずただ茫然としているリアムには目もくれず、笑みを張り付けたオリビアが颯爽とした足取りで男達へ近づく。
「貴方達は私に傷一つ与えられない程にか弱い。どうか、無謀な事はなさらないで下さい」
地面にしゃがみこむ男達の前で膝を着いたオリビアは、手に持ったハンカチを彼らに手渡し、天使の微笑で惜しむことない光を与える。
彼女の慈悲を受けた男達はその荒んだ表情が緩和され、女に蹴り上げられた現実を忘れたかの様に照れくさそうな笑みを浮かべていた。
「は、はい。あの、すんませんでした」
「あの、また力仕事とかあれば、手伝いますんで・・・声、掛けて下さい」
従順になった男達は崇拝にも似た視線をオリビアへ注いでいる。
傍から見守っていたリアムには気味の悪い光景で、自身もあれらの仲間入りをしようとしていた事に嫌悪感を覚える。
(魔術使いか?)
魔術などという現実味のない代物を信じてはいないが、オリビアに毒された男達は皆、彼女を通して『神』を信仰するのではと、疑いたくなる。
男達と一言二言交わしたオリビアは、彼らにこの場を去る様に指示を出し、そしてやっとリアムの方へ視線を向けた。
「随分と乱暴者の扱いに慣れているな」
以前抱いていた好意以上にオリビアへの警戒心を高めたリアムは、嫌味を交えた言葉を吐き出す。
「・・・彼らは貴方に警戒心を抱いております。彼らだけではありません。貴方と貴方の従者はこの場には相応しくありません」
オリビアはリアムの言葉には応えず、今まで抱いていたのだろう心の内を打ち明けた。
「なぜそう思う?私達が物資を提供するからか?私が従者を付けているからか?私達が身に纏う服がお前達より上質だからか!?勝手に違いを見つけこの場から追い出そうとしているはお前達だろう!?なぜ我らが立ち退かなくてはならない!?」
リアムは生まれて初めて一人の女のために尽くした。
王城では貧困街に通うリアムを『異常者』と口にする者も多く、日ごろ無関心な父親でさえその行動を咎めてくる。
だが、オリビアが喜ぶ顔を見たい一心でここまでやってきたのだ。
だからこそ、迷惑がる彼女の態度も、そして訴えられたその言葉もリアムの心をひどく傷つけた。
「貴方の全てが悪いとは言いません。ただ、この差別的な世界には役割があります。平民は税を収めるために働き続ける役割が、税を受け取る貴族達はそれを使う権利を得るとともに民を治める役割があるのです。貴方が善意で行っている行為は直接的な救いであっても民を救い上げる策ではありません。私達を本当に救おうと思うのであれば、貴方でなくては出来ない行動をなさってください」
そう語るオリビアに表情が余りにも真剣で、リアムはただ俯く事しか出来なかった。




