16.粗暴な男
真夏の太陽は確かに暑苦しいが、自身の婚約者程ではなかった。
「え~?また、視察に行くの?いやいや!ディと一緒にいてよ!!」
この暑い中、フリフリのドレスで王城へ訪れる婚約者は、頬を膨らませながら怒りの表情を作る。
いつもの事ではあるが、こう暑いと苛立ちがさらに募っていく。
「デイジー様。視察は王子のお仕事でございます。どうかご理解ください」
一番の従者であるノアがデイジーを制止するが、彼女には否定も拒否も通じない。
「いやよ!リアムのために王城まで来たのに!!視察なんてやめてディと一緒にいて。ね?一緒に冷たいものでも食べましょ?」
暑いと言いながらも腕に引っ付いてくるデイジーが上目遣いで甘えてくる。
デイジーからはいつも甘ったるい香水の匂いがする。男によっては好ましいのだろうが、自身はこの匂いが耐えられない程苦手だった。
「視察が終わればここに戻る。それまで待っていろ」
「え~!!?」
そう言い残すと不満を漏らすデイジーを残し足早に王城を後にした。
「リアム様。こう何度も視察に出なくとも、町の状況は変わりませんが?」
度々王城を離れるリアムに対し、深々とローブを被ったノアが苦言を呈す。
最低限の人間で移動をしたいと要求したのだが、一国の王子が軽装で歩くわけにもいかず、結局ノアの引き連れる数名の騎士を引き連れる事となった。
数名であろうとも騎士を連れた人間を軽視する者はおらず、リアムが声を掛ければ貴族達は表面上だけでも行いを正してくれる。
だが、確かに城下は何一つ変わらない。
整備の行き届いた道はゴミ一つなく、着飾った貴族や王族達が優雅に闊歩している。
それらを迎える店も一級品と呼べる代物を扱った高級店が軒を連ね、馬鹿みたいな金が日々消費されていた。
だが、その道を一歩外れればそこは貧困街。
放置されたゴミや動物の死体達からは腐敗臭が放たれ、流れる水は口にする事すら出来ない。
子供達は汚い布に身を包み、その枯れ木の様に細い身を寄せ合っている。
まさに天国と地獄。
道を一つ挟んだ場所では、人としての権利さえない者達が息をするために必死で生き延びていた。
「だからと言って、見ない振りか?それが出来れば苦労しない」
自分が無意味な事をしているとリアム自身分かっていた。
貧乏人に悪行を働く貴族を捕まえては王族の権利を持ち裁く、そんな自己満足とも呼べる日々を送っていたのだ。
そんな正義感を持つリアムだったが、今日は少し様子が違うと従者のノアは感じていた。
助けたところで感謝もされず、王族達からは『異端児』と蔑まれる日々を送る中、彼の精神は徐々に削られていた。
そして今日。
息する事さえままならない子供を助けようと抱き上げたところ、その子供に頬を殴られた挙句に懐にしまった財布を盗まれてしまったのだ。
正義感だけで保っていた彼の精神は、その瞬間崩れ落ちた。
「お、お待ちください!!」
ノアの制止も聞かず、リアムはその子供を恐ろしい形相で追いかけ続けた。
不健康な子供などすぐに追いつくだろうと思っていたのだが、時には人ごみに、時には本当のゴミに紛れリアムを錯乱していった。
だがやはり体力はリアムに利がある様で、手こずったがなんとか子供に追いつく事が出来たリアムは、彼の胸ぐらを掴み引き寄せる。
「謝罪を聞こうか?一言口にすれば不問にしてやる」
消滅したはずの正義感はわずかに残っていた様で、ぎりぎりの精神で子供に詰め寄った。
だが、胸ぐらを掴まれた子供は反省の色も見せず、近づけられた端正な顔に唾を吐きかける。
「誰がお前みたいなクズに謝るか!!」
そう吐き捨てられた途端、リアムの理性は消え去る。
憎しみさえも見えるその表情を暗い瞳で捉えながら、ゆっくりと己の拳を上げた。
「お止めください!リアム様!!」
ッボコ!!
ノアの声が届かない程、頭に血が上っていたのだろう。冷静さを欠いたリアムは突如目の前に現れた女に対処できなかった。
貧相な悪ガキに振り上げたはずの拳は女の頬を打ち、そのか弱い体が崩れ落ちる。
「・・・・っな!!?」
打たれた頬を気にも留めず、リアムから守る様に子供を背に隠すその女は、美しい白髪を持つ儚げな美女だった。




