15.女性の立場
レタスンのいる厩へは森と逆方向に歩く必要があるが、そんな事をしていたら目ざといノアに見つかってしまう。
彼の視線を掻い潜るためにもエマは設置された天蓋に隠れながら移動する事とした。
待たされている令嬢達の中には、眠そうに欠伸をするもの、エミリアの様に凍えながら暖を取る者。そして・・・
「あら。どちらに行くのかしら?」
ひと際目立つ天蓋で一人紅茶を楽しむ者がいた。
オリビア妃と顔を合わせるのはイザベラの元へ向かった日以来だ。
最終的には首もはねられず、むしろエミリアの案によりデイジーを遠ざけることが出来たが、殺されても可笑しくない場所に送ったオリビア妃には疑心を抱いていた。
「お久しぶりでございます」
エマの慇懃無礼な振る舞いを見て、オリビア妃が苦笑いをする。
やはり本人も思うところがあるらしい。
「イザベラ様とは和解できたようね」
雑談もなく直球な質問をする彼女もその話をする機会を窺っていたように思えた。
寒空の下、一人夫の帰りを待つオリビア妃は、青い生地に金の刺繍と生誕祭用にデザインされたドレスを身に纏っている。
シンプルにまとめられた髪には、赤いルビーが埋め込まれた花の形の髪飾りが付けられており、白髪のオリビア妃に良く似合っていた。
肩には白いブランケットを掛けてはいるが、ドレスを隠さない様に軽く乗せられているだけで、暖が取れているとは思えない。それにも関わらず美しい佇まいを崩さない彼女の精神力にはエマも感服してしまう。
(薔薇?ではないない。あれはアネモネ?)
身分の高いものほど高価で存在感のある薔薇を好むのだが、やはりオリビア妃の感覚は王族と異なるらしい。
「はい。オリビア妃の心遣いのおかげです」
皮肉を交えたつもりはないが、その言葉にオリビア妃はまた苦笑いを繰り返す。
心の優しい彼女は、今回の事で誰よりも心を痛め、自身よりも立場の低い令嬢達を心配していたのだろう。
「イザベラ様は冷徹な面もありますが聡明な方です。貴方であれば彼女を説得できると、そう思ったのです」
「それだけ、でしょうか?」
「え?」
エマはリアム王の許可もなく無謀な行動を取るオリビア妃に違和感を覚えていた。
イザベラの残虐な行為は社交界でも有名であるにも関わらず、彼女はリアム王が手出しできない日程にエマ達を送り出した。
そしてイザベラの好物である小魚の油漬けを持たせ、それを受け取ったイザベラはエマ達に償いの機会を与えた。
(出来過ぎている)
「オリビア妃は、イザベラ様と話し合ったのではないですか?今回の件を水に流す方法はないかと」
「・・・貴方は、本当に聡いのね。それを知った上でリアムに伝えるのかしら?それとも、私から貴方に『償い』を用意した方が?」
「いいえ。結果的に私たちは救われました。オリビア妃には感謝しております。ただ、私にはオリビア妃とイザベラ様が結託なさるなど予想外でして」
元々平民であるオリビア妃を良く思わない者は多い。
特に王族でありそれを誇りに持つイザベラにとっては蔑むべき対象とも思える人間だ。
さらには夫であるリアム王はイザベラを嫌い、隙あらば抹殺しようとする始末。どう考えても繋がりが見つからないのだ。
「ふふ。そうね。でもそれは、彼女を、イザベラ様を知らないからよ。彼女は私が平民の時から決して私を蔑んだりはしなかったもの」
「オリビア妃が平民の時・・・ですか?」
オリビア妃とリアム王の出会いは夢物語の様に語り続けられるが、その登場人物にイザベラは一度も出てこない。
むしろイザベラを含む王族達はオリビア妃を邪魔に思い、手に掛けようとしたところをリアム王の反逆により殺されてしまうというのがエマの知る物語だ。
「・・・えっと、オリビア妃が粗暴な男に出くわしリアム王がそれを助け出すという場面にイザベラ様も居合わせていたっという事でしょうか?」
イザベラとオリビア妃の出会いが想像できないエマは既存の物語に強引だがイザベラを追加させた。
やはり素人の造り出した強引な物語は的外れだった様で、オリビア妃が不思議な表情で瞬きを繰り返す。
「私が粗暴な男に・・・?リアムがそれを助け・・・っぷ、・・・っう、そ、そうね」
が、オリビア妃が引っかかった点はイザベラの登場ではないらしい。
肩を震わせながら笑い声を耐えるオリビア妃の姿は愛らしく、いつもの気品溢れる美しい王妃とは異なり幼さを感じてしまう。
珍しいオリビア妃の姿に声を掛ける事を控えたエマは、ただ無言のままどこまでも広がる晴天を眺めていた。
時折聞こえる銃声が森に響くのだが、その距離は遠く、彼らがここに戻るのはまだ時間が掛かるだろうと思える。
一通り笑い終えたオリビア妃は、軽く息を吐くと目じりを軽く拭った。
「そういう事にしておきましょう。ふふ」
真相は語られぬまま、彼女の笑い声にエマの推測は流されてしまう。
リアム王よりも深い青色の目を楽しそうに微笑ませるオリビア妃が不意に真剣な表情へと変わる。
「でもね。これだけは知っていて欲しいの。イザベラ様は冷酷な裁きを下す事もあるけれど決して残虐な人間ではないのよ。彼女は弟である前国王の振る舞いに心を痛めていたけれど、女である彼女はそれに対抗する手段を持ち合わせてはいなかった。・・・いつの世も。女性は陰で息を潜めながら生きていたのだから」
そう語るオリビア妃の瞳は、何かを訴えている様にエマには見えた。
この国の女性の立場が低い事と、イザベラが前国王を止められなかった事は関連しているかもしれない。
どんなに知見を広く持とうとも、どんなに人脈を広げようとも所詮は女。
イザベラはそれを十分理解しているが故に前国王を止められなかった。
そして、エマは思う。
(次は、リアム王を?)
リアム王は前国王に比べればまともな王に思えるが、極端な思考に大胆な戦略と不安定な要素は多い。
特に貴族を軽視し、敵に回す姿勢はエマでさえ戦いの火種が見える程だ。
それを鎮火するのを女性の役割だとすれば、今回のオリビア妃の行動はそれを全うしたのだろう。
イザベラとの争いを望むリアム王を陰で支えながらも、イザベラと精通しその火種を取り除いたのはオリビア妃だ。
彼女達はそうやって、若き国王を支えているのかもしれない。
敬う心を持ちながらも王族絡みの問題にはこれ以上関わりたくないエマは、真剣な視線に優しい笑顔で対応する。
「王妃様のお心遣いに感謝致します」
そう告げた王妃の顔は悲し気な影を落としたが、エマは笑みを崩さずにその場を後にした。
オリビア妃の悲しい顔は予想以上にエマの心をえぐる。
(少しは話に乗るべきだったか?)
レタスンに藁を与えながらも彼女の表情が脳裏を度々掠める。
王族としての気品を持ちながらも、平民であることを隠し通せないオリビア妃に対し、少なからずエマは親しみを覚えていた。
だが、いくら親しみを覚えようが彼女は『王妃』。
簡単に聞けるような内容でないからこそエマは避けたのだ。
やはり自身の選択に間違いはなかったとレタスンへ餌をやり続けていると、ふっと先程の会話が思い起こされる。
(そういえば、令嬢達が語る物語はどうやら間違いらしいな・・・)
その程度の雑談であれば付き合えたのにと、エマは何度目かのため息を吐き出した。




